仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

田辺哲学を学ぼうと思ったヨーロッパの若者

あるヨーロッパの若者が、田辺哲学を学びたいと思ったそうです。 でも、田辺哲学を極めるには土台が教行信証だから教行信証を読まないとわかりません。教行信証を読みたい。 では教行信証は誰の本かというと親鸞聖人です。では教行信証を読み、親鸞聖人の哲…

世界的に注目される日本人

20世紀最大の哲学者といわれるハイデガーは、老後の日記に、歎異抄との出会いを記しています。 そして、歎異抄 の言葉に感動し、こんなことをいうすばらしい聖者があるのであれば自分はギリシア語もラテン語も勉強せず、日本語を勉強したかったと言ってい…

いろは歌の元の文はブッダの言葉?

私がはじめて聞いた仏教の話はこのいろは歌でした。 色は匂えど 散りぬるを我が世誰ぞ 常ならむ有為の奥山 今日越えて浅き夢見じ 酔いもせず いろは歌は誰が作ったかわかりませんが一説によれば弘法大師といわれています。でも誰であっても元になった言葉は…

いろは歌の後半の意味

いろは歌に 有為の奥山 今日越えて浅き夢見じ 酔いもせず とあります。 いろは歌は、弘法大師が作ったともいわれる、仏教の歌です。 後半の「有為」とは苦しみ悩み。それが有為の奥山ですから多い、深い。それを奥深い山に例えられています。 人生のことを有…

いろは歌に教えられた変わらない幸せ

西洋哲学では、私たちの生きる目的は、幸せになることだという所までは分かっています。では、そんな幸せがあるのかは分かりませんでした。ところが、東洋には、西洋よりはるか昔からそれがわかっているのです。

いろは歌の秘密

いろは歌は日本人には馴染みの深い歌です。 昔の日本人はいろは歌でかなを学びました。 弘法大師が作ったともいわれますが、定かではありません。とにかく平安時代からありますから1000年前から読まれています。 1000年間も読み継がれる本というのは…

信心は同じになるのかどうか。

親鸞聖人34歳のときに3人のお友達とケンカをされたことがありました。これを信心同異の諍論といいます。 親鸞聖人が、先生の法然上人と信心は同じだというと、勢観房・念仏房・聖信房が、そんなはずはない、自惚れるのもいい加減にしろと言った所から始ま…

自分を変えると環境も運命もみな変わる

これまで物足りないとか虚無感とか、虚しいという心をかかえている人が結構多いってことが分かったと思うけど、じゃあその原因が自分にあるのか、自分以外の外に有るのかっていうことを考えるのに、興味深い話が、子供の頃読んだ、西洋の寓話の中にあったの…

グルメと幸せの関係。お金や財産よりも大切なものは?

美味しい料理を作るには、食材よりも、腕が大事。その次が食材。幸せな人生を送るには、お金や財産よりも、大事なものは何だろう。

たくさんのことを知りながら大事なことを知らない人

どんなにたくさんのことを知っていても、幸せになれないのではあまり意味がありません。私たちが生きているのは幸せだからです。それは一番大事なことを知らない愚か者なのです。

春になると出てくるサークル

大学は春になるとさあ、色々なサークルがあります。 おしゃれな姿で、かっこよさそうに、奇麗そうに、人の良さそうに、みんな装って、テニスはいかが、スキーはいかが、あんパンにチョコレートはいかが、サイクリングはいかが、ってな感じで、すごく華々しく…

親鸞聖人の非僧非俗の一大宣言

親鸞聖人は、非僧非俗といわれています。 つまり、僧侶じないと言われる一方、「俗じゃない」ともいわれています。 それは、国家権力の認める僧侶でもなければ、世間の仕事につく俗人でもない、本当の僧である、ということです。 本当の僧といいますのは、聖…

仏教を大切な人へ伝える時の配慮

今、私は仏教を通して、生きる意味は何か、ということを学んでいます。 これ聞きに仏教講座へ来てもらえれば、話を聞いてもらえれば、ハッキリするんだけど、なかなかそういう機会もないんだよね。 一方、生きる意味とか、そういう言葉を使っただけで、仏教…

フクロウの寓話

声が悪くていじめられるから引っ越しをしようとしたフクロウの寓話。引っ越しをして解決したのでしょうか?

若者は人生を苦しいと感じていない

今の若者は、苦しいというよりも、「疲れてる」というほうが早く理解できます。 この疲れているというのは、ほとんどの若者をカバーします。つまり波長が合います。これを私は「固有振動数」と呼ぶことができます。 波長を合わせると共振します。要するに「…

仏教の話は自分への説法

人に仏教の話をするときには、 まず自分が笑顔をします。 いい表情、こぼれるような笑顔、元気よく話をすることになります。 声も出します。 そして、因果応報ですから、悪いことをしないように、善いことをするようにしましょうといいます。 怨み呪いの人生…

仏教の話は自分への説法

人に仏教の話をするときには、 まず自分が笑顔をします。 いい表情、こぼれるような笑顔、元気よく話をすることになります。 声も出します。 そして、因果応報ですから、悪いことをしないように、善いことをするようにしましょうといいます。 怨み呪いの人生…

人生が無駄どころか有害になるのはどんなとき?

『七つの習慣』というビジネス書のベストセラー本の中には、こんな譬えがあります。 あるビルがあって、そのビルに登っていくときに、はしごを掛けて登っていくとき、ちゃんと目的のビルにかければ、登り着いた満足もありましょう。 ところが、間違ったビル…

仏教を人に伝えるときの前提

仏教を聞いて1年もたてば、簡単な5分間くらいの仏教の話ができるといいですね。2年も経てば、1時間くらい話せるように。3年も経てば、講座ができるようになるといいです。 そして相手に宗教偏見があって仏教の言葉が出せない時の法施は、まず相手がわか…

仏教を聞くと五月病が治る

仏教には何が教えられているのか。 はじめての人に説明するときには、始めての人が聞いて魅力的で、それでいて仏教から離れていないいい点を十ぐらい言えるていいでしょう。 例えば、・視野が広がる・教養は身につく・人生に対する洞察が深まる・人間の幅が…

話をするのが苦手な人が仏教を伝える方法

話をすのが苦手だから仏教も仏教に教えられた本当の生きる意味も伝えられないという人があります。 しかし、話す以外にも色々な方法があります。 なかなか他人に声をかけられない人でも、その人が声をかけられる人と一緒にいけばいいのです。 笛吹くとぷーと…

面々の楊貴妃

仏教を聞かなければならないというのは、自分では気づきません。今日は花祭りなので、花祭りをきっかけに教えてあげましょう。

「破邪顕正せざる者は仏弟子に非ず。仏法中の怨なり」の出典

「破邪顕正せざる者は仏弟子に非ず。仏法中の怨なり」これは、ブッダのご遺言をわかりやすく教えられたもので、原文は、『涅槃経』に以下のようにあります。 「僧にして法を壊つ者あるを視ながら、 これを黙視し更に呵責駆遣せざるものは、この僧はこれ、仏…

仏教を伝える時は結婚相手を紹介するときのように

日本では宗教偏見が大きいので、仏教を学んでいることを家族に話すときに不安になります。 結婚したいという人を見つけた時、両親に伝えようとすると、悩むようなものです。反対されたら大変です。 その人との仲を大事にしたい。両親にも喜んでもらいたいと…

仏教をせっかく聞いているのに原点である後生の一大事が抜けていると?

仏教は後生の一大事を知るところから始まり、後生の一大事の解決に終わります。 仏教を聞いていても、すべての原点である後生の一大事が抜けていると、今辛くて苦しいとなって、逃げ出したくなります。そんな状態だと、人間関係が辛くて仏教が聞けなくなりま…

臨終に知らされる後生の一大事

仏教は後生の一大事を知るところから始まり、後生の一大事の解決で終わります。後生の一大事とは、死んだらどうなるかの一大事のことです。 私たちは、100%必ず死んで行かなければなりません。誰も関係ない人のいない問題が後生の一大事です。 ところが…

ブッダの説かれたことは一つだけ

ブッダの説かれたご説法は、後生の一大事しかありません。 わが身の一大事という事を思い出す為には、3つのポイントがあります。1つには、諸行無常で、自分は必ず死ななければならないということです。 2つには、自分が悪しか思えないということです。 3…

煩悩をどうすればいいのか

すべての人は、煩悩具足だと仏教で教えられています。煩悩具足とは、煩悩の塊ということです。 煩悩というのは、欲望と怒りと愚痴など、私たちを煩わせ悩ませるものです。その煩悩によって、悪を造り、私たちは因果応報で苦しまなければならないのです。それ…

仏教で一大事とは

仏教で一大事というのは、一度おこってしまったなら、二度と取り返しのつかないことです。それを一大事といいます。世間でもよく一大事と言いますね。例えば、家事で家が丸焼けになってしまうと、それは一大事だと、みんな言います。 また、主人が交通事故に…

生きるために生きる

なんのために生きるのか聞くと、生きるために生きると答える人があります。 気が利いているようですが、生きるために生きるというのは意味がありません。単に生きる意味がわからないから生きるために生きると答えているだけです。 生きることを歩くことにた…