仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

仏教

出家ではなく在家の私たちのすがた

蓮如上人の御文章に年来超勝寺というお手紙があります。 超勝寺というのは福井県のお寺です。 しかるに当流において毎月の会合の由来は、なんの用ぞなれば、 会合の由来というのは会合の目的と言うことです。仏教講座に仏教の教えを聞きに集まってくる目的は…

仏教をどれくらい理解したかが分かる方法

私たちが仏教講座に行って仏教の教えを聞かせて頂きますと、『いやなんて素晴らしい教えなんだろうか、今まで聞いたこともなかった』という喜びや感動が起きてきます。 すると、その素晴らしい仏教の教えを自分だけ聞いているのでは余りにも勿体ない。 どう…

人の言葉でぐらつく信心は臨終どうなる?

他力金剛の信心を獲得していない人は、これは間違いない、私の当てになるものだと思っても誰かに非難や攻撃を受けるとすぐにぐらぐらになっちゃうんですね。 約700年前、関東の同行達が日蓮宗を開いた日蓮や善鸞の言葉にぐらついて、浄土真宗の親鸞聖人の…

諸行無常と地獄の不安

私たちは、何かを信じなければ生きていけません。信じるとは、あてにするとか、たよりにするということです。 仏教ではこの世のどんなものを私たちが頼りにしていてもその頼りにして当てにしているものが諸行無常なる故にやがて崩れかかる壊れかかる。 そう…

なぜ幸せが得られず苦しむのか

人間が人生で幸せ を求めながらなぜ幸せが得られず苦しむのか。 それは当てにしていたものが何の前触れなしに壊れてしまうところからです。 世の中を見てみると、今森容疑者という人が筋弛緩剤を点滴に入れて、おじいちゃんおばあちゃん子供も何十人もころし…

信心はなぜ必要?

信心はなぜ必要なのかといいますと、私たちは何かを信じなければ生きてはゆけないからです。 信心とは、何かを心で信ずることです。信ずるということは言葉をかえればたよりにする、あて力にするということです。 私達は何かをたよりにし、あて力にしなけれ…

絶対の幸福になるには

絶対の幸福になるためには、どうすればいいかというと、聴聞です。 絶対の幸福にする働きのある名号を聞く一つで頂くのです。名号とは南無阿弥陀仏のことです。 聴なくして絶対に聞はありません。 絶対の幸福になるのが本当の生きる目的ですから、人生は聴聞…

法蔵菩薩の願心

正信偈で、阿弥陀如来がまだ菩薩の頃、法蔵菩薩といわれていたとき、世自在王仏のもとで、修行に励んでおられた。 あるとき、法蔵菩薩が世自在王仏に手をついて、お師匠様、お願いがあります。すべての人を見ていると、生きる目的を知らず、生き方ばかりで苦…

法蔵菩薩の願い

阿弥陀仏がまだ仏のさとりを開かれる前、法蔵菩薩という名前の菩薩だった頃、世自在王仏という仏のお弟子でした。 ある日、法蔵菩薩が先生の世自在王仏のもとへやってきて、「先生、ひとつお願いがあります」と手をつきます。 普通お願いというのは、自分の…

阿弥陀仏からの2つのプレゼント

阿弥陀仏からの頂きものを他力回向といいます。 他力回向には2種あります。往相回向還相回向の2つでする 往相とは、往生浄土の相状還相とは、還来穢国の相状です。 こういう姿にしてくだされるという阿弥陀仏からのプレゼントです。 阿弥陀仏はお年玉をく…

仏教の先生の条件

今日は成人式、いかがお過ごしでしょうか。成人にちなんだ話。 仏教の教えを私たちに伝えるのは大変です。私たちはなかなか受取れません。仏教に説かれる真実を体得し明らかにして下される方、仏教の正しい先生が少ないのです。 阿弥陀仏の本願を正しく伝え…

仏教を聞く気が起きない

仏教は、唯説弥陀本願海といわれるように、阿弥陀仏の本願一つを説かれたものです。 阿弥陀仏は、私たちが苦しみ悩んでいるのをご覧になられ、何を苦悩の根元と見抜かれたかというと心の闇です。 阿弥陀仏の本願は心の闇を破ってみせるというお約束です。 心…

なぜ仏教を聞きがたいのか

なぜ仏教を聞きがたいのかというと、正しい仏教を説かれる方がほとんどないからということに加えて、私たちに真実を聞く耳がないからです。 そのため、仏教の教えと接点がないのです。凡夫のまことはまことがないのが凡夫のまこと仏のまことはまことがあるの…

長男を勘当された親鸞聖人

外道邪教を親鸞聖人は徹底的に排斥したのですが、それで起きたのが善鸞義絶です。 世間の学者は善鸞義絶の事件ぐらいは知っていますが、その理由など、親鸞聖人の教えが分かりませんと、書くことはできません。 それは、善鸞が仏教の教えに反し、神に仕えた…

神道の神の嘘

神さまは尊いものと思っている日本人はたくさんあります。 「では貴方の尊い神とは、どんな神さまですか」 と尋ねられて、明確に答えられ人はほとんどありません。 まったく習慣化して昔からあるものだからといって、誰もその実態を確かめようともしません。…

仏法者のすべきこと

「破邪顕正」は、なぜか右翼の車の横に書いてあったりして激しい言葉というイメージがありますが、仏教の言葉です。 どんな意味かといいますと、破邪とは、邪とはよこしまということです。よこしまな間違った邪教の信仰や迷信を持っている人を、さわらぬ神に…

本尊を風呂で焼く

親鸞聖人は、浄土真宗の正しい御本尊は名号本尊だぞ、と教えられています。 それから200年後、蓮如上人の時代には多く木像などの本尊がありました。蓮如上人はそれを焼かれたのです。 蓮如上人の御時、あまた御流に背き候本尊以下、御風呂の度毎に焼かせ…

一生懸命強く生きるために目的が必要?

「一生懸命強く生きるために、目的が必要なんです」という言い方がおかしいんじゃないか、ということで、問題提起をした人がいました。 勉強でも、野球でもそうです。これはどこがおかしいかわかりますよね。 目的あっての手段ですから、目的の方が手段より…

真諦門と俗諦門

真諦門、俗諦門というのは、真俗二諦の教えと言われます。 真諦門というのは、いつでもどこでも変わらない真実のことを言います。時代によって、場所によって変えるものでない。どの人種も、いつの世紀になっても、宇宙人であっても、三世十方で変わらない真…

仏教を聞く暇はない

子を育てる暇はありませんが、大事と思えばこそ、子を育てながら仕事ができます。 後生の一大事の心さえあれば、生活のままが求道になります。精進こそ肝要です。 後生の一大事の一大事の心さえあればです!! 後生の一大事とは、死んだらどうなるのことです…

僧侶のなすべきこと

以前はボス、とまで言われた僧侶が最近は地におちてしまいました。生活できないので、どうしようか、駐車場とか幼稚園を経営したりしています。 しかしお寺が世間的なビジネスで運営していってもね。葬式や法事、戒名で運営するのでさえも本来の仏教ではあり…

ブッダの最も重要な教え

ブッダの七千巻以上もある経典の中で真実のお経は大無量寿経だけです。 大無量寿経には、阿弥陀仏がたてられた48願が説かれています。その中で、真実の願は、18番目の第十八願です。 ですから大無量寿経の中で真実は第十八の願です。大無量寿経は十八願…

真仮廃立

三重廃立の第三の真仮廃立とは、浄土門の仏教といって念仏称える仏教の中に、真実の浄土門の仏教と仮の浄土門の仏教とがあると教えられたものです。 阿弥陀仏一仏に向かっている人の中に、阿弥陀仏が本願を建てられた正しい御心を知らない人がいるということ…

宗教の入り口

こんなに科学が進歩した世の中なのに、世界にはたくさんの宗教があります。 なぜ宗教は廃れないのでしょうか? それは、科学で解決できない問題を宗教が解決するからです。 親鸞聖人はこの一大事解決したいと仏門に入られたのです。明らかになりたいと。親鸞…

色々なことをやってみなさい

どんな成功者と言えども同じです。豊臣秀吉もしかりです。一介の水飲み百姓から天下の太閤まで上り詰めたという点からしたら人生の成功者といえますが、その成功者の名にふさわしい最期の詩を残していますか? これが秀吉の辞世です。 露と落ち露と消えにし…

正信偈

正信偈についてお話をしたいと思います。 浄土真宗の親鸞聖人の主著は教行信証です。他の御著書は親鸞聖人のみ教えの一部しかありませんが、教行信証には親鸞聖人のみ教えのすべてがあります。浄土真宗の御本典です。 その教行信証をぎゅっとしぼったエキス…

21世紀の殺人と自殺

私は21世紀になるとき、サザンのメロディと共にテレビの前で2001年と言えば鉄腕アトムが飛んでいたなとか2001年夢の旅という映画があったなと思ったけど。 21世紀は輝けるイメージがあって。猫も杓子も携帯電話。あるいはモバイル空間サイバー空…

親鸞聖人の関東でのご布教

親鸞聖人が40才のとき、関東に行かれて、多くの人に仏教を伝えられました。 日野左衛門や弁円など、最初は攻撃してきた人もありました。 もちろん最初は仏教に何を教えられているのか分からないので、最初は聞こうという気持ちはありません。 田植えしてい…

人間五十年

蓮如上人は御文章2帖目12通「人間五十年・四王天」に 今日今時よりして、不法懈怠にあらん人々はいよいよ信心を決定して、真実報土の往生を遂げんと思わん人こそ、まことにその身の徳ともなるべし。 とおっしゃっています。 その人に近付いても全く仏法を…

自殺と地獄の関係

源信僧都の横川法語っていうのがあります。 三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり。身は賤しくとも畜生に劣らんや、家は貧しくとも餓鬼に勝るべし、心に思うことかなわずとも地獄の苦に比ぶべからず。このゆえに人間に生れたることを喜ぶべし…