仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

仏教

藤原道長の悲惨な最期

私たちは生まれてから死ぬまでの一生、50年から100年はとっても長い、その長い一生の中で誰かを好きになったとか、非常な現実感を持って悔しいねとか思っているんだけどみんな夢や幻のようなもので、あっという間に消えて行くんだと仏教で教えられてい…

居安思危

中国の古い諺に、居安思危というのが、あるそうです。これは安きに居りて危うきを思う。備え有ればうれいなし、と続くそうです。 普通備え有れば憂いなしと赤本に書いてあった。受験生が志望校を突破するには過去どんな問題が出たのか、その備えが有れば本番…

ブッダは清濁あわせ飲むおおらかな方?

ブッダは清濁あわせ飲むおおらかな方だったのでしょうか? ブッダは、涅槃経に 一切の外学九十五種は、みな悪道に趣く。 と説かれています。 「一切の外学九十五種」とは、仏教以外の全宗教です。「悪道」とは、苦しみの世界です。 仏教以外のすべての宗教は…

現代人には宗教や信心などいらないの?

信心というのは、心で何かを信じることです。信じるということは、心あてにしたり、の支えにしたりすることです。 私たちは何かをあてにして支えにして生きています。それは宗教だけではありません。 いつの時代もどこの人も何かを信じています。 そして信じ…

正信偈とは?

親鸞聖人の正信偈には、まさに親鸞聖人が教えて下されている仏法の真髄を明らかにされています。仏教の真髄を聞かせていただくことが大切です。 仏教講座に足を運んで直接聞かせていただくことが大切です。 正信とはどういうことでしょうか。正しい信心とい…

浄土真宗の他の教団にない親鸞会の特徴

まず、仏教では、慈悲という言葉がよく遣われます。慈悲とは何でしょうか? 慈悲とは抜苦与楽のことで、苦しみを抜き取って楽しみを与えてやりたい心です。これは私たちにはない心だから、こういう字を書きます。この心、心に非ず。 私たちにはない心です。…

浄土真宗における親鸞会の特徴

浄土真宗の親鸞聖人のお言葉に、無明長夜の灯炬というお言葉があります。 無明長夜とは私達の迷いです。全人類は心の闇に覆われています。私たちの迷いの歴史は果てしない過去から、始めのない始めから六道輪廻してきました。それを長夜にたとえて、その心の…

仏教講座に行くと?

仏教講座に仏教を聞きに行くとどうなるのでしょうか。 こういう歌があります。 知るとのみ思いながらに何よりも知られぬものは己なりけり 私達は自分のことは自分が一番良く知っていると思いがちですが、最も分からないのが自分自身です。 知るとのみ、自分…

浄土真宗で知らされた2つのこと

あら不思議心も六字身も六字浮世の空にかかる雲なし これは信心決定した喜びの歌です。あなたも信心決定するとこういう心がハッキリ分かります。信心決定すると世界観、人生観がガラッと大変わりする。親鸞聖人ならああ……といわれています。 絶対助からない…

お正月の歌

もうすぐお正月が近付いて参りましたが、お正月にぴったりの歌があります。 元旦やおめでたいとは金剛の信を獲たる人にこそあれ お正月になると、猫も杓子もおめでとうと言っていますが本当におめでたいのでしょうか。めでたいのは金剛の信を獲た人こそおめ…

吉崎の嫁おどし

約500年前、浄土真宗の中興・蓮如上人の時代の、吉崎の嫁おどしの話は、あなたのお爺さんお婆さんならほとんどの人が知っている話です。 蓮如上人が福井県の吉崎におられた頃、その蓮如上人の教えを熱心に聞いていた奥さんがいました。ところが姑が大の仏…

仏教講座で生きる意味を聞くときの仲間

親鸞聖人の教えは、本当の生きる意味一つでした。 誰も明らかにすることのできない生きる目的を、浄土真宗を明らかにされた親鸞聖人や蓮如上人のような善知識のみが明らかにされる。 善知識とは、正しい仏教の先生。その善知識方の願いは、あなた早くこの船…

明るい人生が開ける方法

「無礙の光明は無明の闇を破する慧日なり」 (親鸞聖人) 「無礙の光明」とは阿弥陀仏の光明のことです。光明とはお力ということです。 阿弥陀如来のお力は十万億土の彼方から、あらゆる障害を貫き、私たちの苦悩の根元である死んだらどうなるか分からない心…

温泉でおばあさんが浮いてきた

色々あって夜中の一時。家まで帰るのしんどいのでついつい温泉に泊まりました。 夜中にお風呂に入ったから誰もいません。 70才くらいのおばあさんが入ってきて二人きり。あそこに浴槽が三つあって、ぬるめの水、熱いお湯。交互に入って温冷浴、これ体にい…

本当の生きる意味の歌

生きる意味の答えを、浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、歌にされています。 「生死の苦海ほとりなしひさしくしずめるわれらをば弥陀弘誓のふねのみぞのせてかならずわたしける」(親鸞聖人『高僧和讃』) 生死の苦海、難度海です。岸辺が見えない陸地がない。…

15才の女の子の親への思い

ティーンズメールという十代の方の悩みに応えています。最近のテーマは親子関係。 度が過ぎた親の心配を『ウザイ』と思う。そのせいで私は家でネコをかぶり『いい子』を演じている。でも限界が来た。ストレスがたまってきた。ある日、学校から帰りが遅くなっ…

聖徳太子と歎異抄

ニーチェの思想はニヒリズムといいます。 浄土真宗を開かれた親鸞聖人の教えはニヒリズムを超えることができます。なぜこの親鸞聖人の教えがニヒリズムを越えることができるのでしょうか? それは歎異鈔にその鍵があります。これは親鸞聖人の書かれたもので…

なぜ人を殺してはいけないの?殺生

『なぜ人を殺してはいけないのか』という問いが話題になっています。きっかけは、数年前、あるテレビ番組で、一人の若者がこの問いを発し、出席していた識者がそれに答えられなかったことにあります。 17才の犯罪が非常に注目されていますが、3年前なら彼…

殺人と自殺の本質

社会主義が崩壊し、残った資本主義は結局、拝金主義です。または何にも価値はないと絶望する人々。誰もこのニヒリズムに打ち勝つことができません。 多くの若者はすでにニヒリズム的な問いの水準を生きてしまっています。そこでは殺人とは自殺の別の形態です…

お釈迦さまの結論

お釈迦さまは仏教の結論として一向専念無量寿仏と説かれました。 無量寿仏とは阿弥陀如来 阿弥陀仏一仏に向け、阿弥陀仏を専ら念じなさい、阿弥陀仏に助けてもらいなさい。 ところが自力の仏教の人たちは仏教を誤解して、阿弥陀仏一仏に向かず、他の仏や菩薩…

仏法の話をするとき

仏教で教えられる布施といっても、財施と法施の2つがあります。 財施とは、財を施すこと。法施とは、法を施すこと、つまり仏法を伝えることです。 財施もすばらしい善ですが、法施はもっとすばらしい善です。 仏法をお伝えするときに、相手によって楽な人と…

自殺願望をもっている人は10倍

歎異鈔の後序には「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は万のこと皆もって空事たわごと真実あることなし」煩悩具足の凡夫が火宅無常の世界に住んでいるから人生が難度海になる。 火宅無常の世界とは続かない無常の世界のこと。 ダイアナもせっかくチャールズと…

生きる意味を明らかにされた根本的な本

人生で最も大事な目的、どこに向かって生きるのか、この答えを800年前明らかにされたのが浄土真宗を明らかにされた親鸞聖人です。 「難思の弘誓は難度海を度する大船」(教行信証) この教行信証の一番最初のお言葉です。 教行信証とは親鸞聖人がお亡くな…

救われたつもりの人の特徴

獲信したと思っている周囲の者も、こぞって「めでたい。めでたい」「よかった。よかった」と言うので、本人も獲信したつもりになる。 そして本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はない…

恐ろしい信心の人たちの特徴

世の中には、仏教といいながらそうではない信心の人たちがたくさんいます。 救われたつもりになって地獄行きになってしまいます。 そんな恐ろしい信心に迷わないために、その特徴を知っておく必要があります。 まず、そんな人たちは 「信心を獲るのにコツが…

困惑

オウムの上祐は慶応医学部・早稲田の理工、青山弁護士は京大法学部、三年で司法試験合格。「高学歴の、頭の良い彼らがあんな邪教に、どうして‥‥」高学歴、あんな頭のいい人が、どうしてと思うでしょ。 でもね、どんなに知識や才能があっても、心が苦しんで、…

浄土真宗の現世利益

浄土真宗は、死んだらお助けだと思われていますが、金剛の真心を獲ると、とってもたくさんの幸せを獲ることができると教えられています。 現在生きているときに十種の幸せを獲ると。 金剛の真心を獲得するものは横に五趣八難の道を超え、必ず現生に十種の益…

阿弥陀仏の19願の「至心発願」の意味

阿弥陀如来の19願に「至心発願」というお言葉が誓われています。 至心発願の「至心」とは「まことのこころ」ということです。誰の心でしょうか。 私達にはまことのこころはあるんでしょうか。ないもの出せ!と言われているんですが、これは「まことのここ…

真実へ導く方便

「願海につきて、真あり仮あり」(教行信証) 「真仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す」(教行信証) 「信楽を獲得することは、如来選択の願心より発起す。真心を開闡することは大聖矜哀の善巧より顕彰せり」(教行信証) 「蓮如上人仰せられ候、…

お経の相手

ブッダが説かれた経典というのも、それがどんな相手に説かれたかというのは決まっているんです。 いつ説かれたかは書かれてないですが、どこで、誰を相手に書かれたかというのは書かれています。 「阿弥陀経」の最初にも、相手を書かれています。 「是の如く…