仏教研究室

仏教を研究しています。

他力

仏教ではなぜ教えの通りにするのか

我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも 開山のめされ候ように御沙汰候」と仰せられ候。 (御一代記聞書159) 御一代記聞書は蓮如上人の言行録 ある人が蓮如上人にたずねた。 「これはどういうことでしょうか」蓮如上人「わしもわからん」「しか…

正しい信心をあらわす蓮華の五徳の花果同時の徳

花果同時の徳とは、花が咲いたときに実がなる、それだけでは不十分。 特徴の一つ目は、一度に音を立てて咲く。 朝顔はゆっくり咲く。三分、五分と咲いていく。 蓮華は咲いてないときは咲いていない。 開くときにポーンと音たてて咲く。 もう一つは、花が咲く…

正信偈 龍樹菩薩の所。 「憶念弥陀仏本願 自然即時入必定 唯能常称如来号 応報大悲弘誓恩」弥陀仏の本願を憶念すれば。憶念というのは、どちらもおもうということだが、 憶は時々おもう、念は明記不忘といって、常におもう。 阿弥陀仏の本願がハッキリ刻み込…

自力の念仏と他力の念仏の違い

蓮如上人は、御文章に他力の念仏を勧められている。 末代無知の在家止住も男女ならんともがらは、心を一つにして、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、更に余の方へ心をふらず、一心一向に「仏たすけたまえ」と申さん衆生をば、たとい罪業は深重なりとも、必ず…

南無阿弥陀仏におさまっているもの

昔、戦争でたくさんの若者が戦場に散っていった。 連合艦隊という映画で、零戦に乗った若者が、まだなれない操縦で、 敵艦にぶつかっていく。 その時「お母さん!」と叫んでいた。 ああ言うときに、誰もお父さんと言わないんだね(笑) 女の子でもそうだろうね…

一向専念無量寿仏

法然上人が流刑にあわれるとき、お弟子の西阿が破門されているんですが、そこでの法然上人の大変厳しいお言葉の中で重要なのが「一向専念無量寿仏」です。 弥陀の本願まことであった、これこそ永遠に変わらない幸せを与えてくれるものであった、と知らされる…

法華経を中断されたお釈迦さま

お釈迦様が、今日は、とても大切な話をするぞ。 仏教を聞いた事にならんそうじゃぞ。大勢の人の前で、今日は大事な事を話すから、心して聞くがよい。沢山の人がいて、お釈迦様を大切にしていて、一心に聞いている。 それをやめて、その先にいたのが、韋提希…

阿弥陀仏の本願の相手

本願の素晴らしさを論じるときに約束の相手がどういうものか。 非常に重要。私達も、その人のスケールを考えるときに、誰を相手に生きているか。 町会議員ならば町の人が相手。 県議員ならば県の人が相手。 国会議員ならば国民が相手。 それがまた一国の首相…

仏凡一体の信心獲得の行者

一念帰命の信心をおこせばまことに宿善の開発に催されて、 仏智より他力の信心をあたえたまうが故に、 仏心と凡心とひとつになるところをさして、信心獲得の行者とはいうなり。 (御文章)一念帰命の信心。 一念というのはアッという間もない時間の極まり。 …

阿弥陀如来はどんな極悪人をも救い切ることができる

願力無窮にましませば罪業深重もおもからず仏智無辺にましませば散乱放逸もすてられず (正像末和讃) 最初の半分は、無量光について。 後の半分は、無辺光について。 阿弥陀仏のお徳の二つについてです。 阿弥陀仏の本願力には限りがないから、どんな極悪人…

無碍の一道は罪悪も業報も感ずることあたわず

念仏者は無碍の一道なり。そのいわれ如何とならば、信心の行者には天神・地祇も敬伏し、魔界外道も障碍することなし、罪悪も業報を感ずることあたわず、諸善も及ぶことなき故に無碍の一道なり、と云々。(歎異抄7章) 「罪悪も業報も感ずることあたわず」 と…

真宗の繁昌とは

一宗の繁昌と申すは、人の多く集まり威の大なる事にてはなく候、 一人なりとも人の信を取るが、一宗の繁昌に候。 然れば、「専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」と遊ばされおかれ候。 (御一代記聞書122) 繁昌というのは、普通、 講演会で、チケット即日完…

本願成就文が依憑

かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の『信心歓喜乃至一念』等の文をもって依憑とす、このほか未だ聞かず。(改邪鈔) 覚如上人の御言葉覚如上人ってどんなお方でしたっけ? 親鸞聖人の教えを正しく伝えられた方。 親鸞聖人の曾孫さんに当たる方。 親…

現在世で正定聚不退転になれる現生不退

真に知んぬ。弥勒大士は、等覚の金剛心を窮むるが故に、龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし。 念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。 (『教行信証信巻』) ここに書かれてあることは実に驚くべきことなんですね。…