仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

他力

法蔵菩薩の願心

正信偈で、阿弥陀如来がまだ菩薩の頃、法蔵菩薩といわれていたとき、世自在王仏のもとで、修行に励んでおられた。 あるとき、法蔵菩薩が世自在王仏に手をついて、お師匠様、お願いがあります。すべての人を見ていると、生きる目的を知らず、生き方ばかりで苦…

阿弥陀仏からの2つのプレゼント

阿弥陀仏からの頂きものを他力回向といいます。 他力回向には2種あります。往相回向還相回向の2つでする 往相とは、往生浄土の相状還相とは、還来穢国の相状です。 こういう姿にしてくだされるという阿弥陀仏からのプレゼントです。 阿弥陀仏はお年玉をく…

明るい人生が開ける方法

「無礙の光明は無明の闇を破する慧日なり」 (親鸞聖人) 「無礙の光明」とは阿弥陀仏の光明のことです。光明とはお力ということです。 阿弥陀如来のお力は十万億土の彼方から、あらゆる障害を貫き、私たちの苦悩の根元である死んだらどうなるか分からない心…

お釈迦さまの結論

お釈迦さまは仏教の結論として一向専念無量寿仏と説かれました。 無量寿仏とは阿弥陀如来 阿弥陀仏一仏に向け、阿弥陀仏を専ら念じなさい、阿弥陀仏に助けてもらいなさい。 ところが自力の仏教の人たちは仏教を誤解して、阿弥陀仏一仏に向かず、他の仏や菩薩…

浄土真宗の現世利益

浄土真宗は、死んだらお助けだと思われていますが、金剛の真心を獲ると、とってもたくさんの幸せを獲ることができると教えられています。 現在生きているときに十種の幸せを獲ると。 金剛の真心を獲得するものは横に五趣八難の道を超え、必ず現生に十種の益…

阿弥陀如来から頂く慈悲とは

考えてみると人間と言うのは、娑婆で泣いたり笑ったり、喜んだり悲しんだり、喜怒哀楽を繰り返して一生を終えていく。 どんな金持ちも、地位も名誉も財産もおいて死んでいく。全て娑婆の中のでき事。自民党が分裂、所詮は自民党の中のでき事。アメリカ大統領…

他力の信心と自力の信心の違い

「弥陀の本願まことにおわしまさば釈尊の説教虚言なるべからず、仏説まことにおわしまさば、善導の御釈虚言したもうべからず。善導の恩釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申す旨、またもってむなしかるべからず候…

阿弥陀仏の救いの対象

お釈迦さまが一生涯かかって教えられたのは、どんなことか。お釈迦さまが一生涯仏教を説かれたのは、阿弥陀如来の本願一つです。お釈迦さまの先生である阿弥陀如来の御心ひとつをといていかれた。阿弥陀如来の本願というのはお釈迦さまの先生が 約束をしてお…

苦悩の根元を教えられた親鸞聖人のお言葉

苦悩の根元を教えられた親鸞聖人のお言葉 真の知識にあうことは 難きが中になお難し 流転輪廻の際なきは 疑情のさわりにしくぞなき 苦悩の根元は無明の闇と教えて下さる方が真の知識、しかし、苦悩の根元は無明の闇だと教えて下さる方がないから、真の知識に…

どうして浄土真宗では救われたことが分からないと言いだしたのか

いつとはなしに救われるということは、死ぬまではっきりしないということですから、晴れたも曇ったもわからない、浮世の空にかかる雲なしという日本晴れの大安心大満足の身にはなれないということになってしまいます。死ぬまで助からないということになりま…

心の闇が破れた

苦悩の根元が一念で破れる。 そして、この世でどう生きるか、生きる手段、家をたてても、オリンピックで優勝しても、どんなものを得ても、心が本当に奥底から喜びが満ち溢れる、そんな体験はなかった。 そういう私たちに、本心へと光が差し込むのです。明る…

苦しみを離れた世界とは

無明の闇明かりとは、生き甲斐、希望、夢、心のささえ、あて力にしているもの。心の周りに明かりを灯している。ところが、死に直面すると、一切の明かりが消え、真っ暗になる。一歩後生と踏み出すと、ハッキリしない。暗い。日頃は忘れている。秀吉は、辞世…

阿弥陀仏の本願に方便がある?

「願海につきて真あり仮あり」 阿弥陀仏の本願に真実と方便の願があるということを断言なされた親鸞聖人のお言葉です。 これはすぐ後の「真仮を知らざるによりて如来広大の恩徳を迷失す」と対応しています。 「真」とは真実、「仮」とは方便。 18願が真実…

心の闇をなくす力

難思の弘誓は難度海を度する大船無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり これは教行信証の冒頭の言葉。まず、「難思の弘誓」私たちはお金がないから苦しんでいるのでもなければ、仕事をクビになって苦しんでいるのでもない。 苦しみの根源は無明の闇。無明の…

無碍の一道(歎異抄)とは?

ミッドウェーの海戦中心になったのは空母。アメリカも日本も総力戦。いろんな空母がつぎ込まれていた。そしてそれぞれの空母には戦闘機がつみこまれていた。当時の日本の海軍は優秀だった。ゼロ戦。非常に優れた戦闘機。パイロット。必死になって戦って見事…

自力が廃るとどうなるか

自力の心がなくなるとどうなるのでしょうか。 自力の心のことを無明の闇といわれます。これがなくなったどうかが問題であると、親鸞聖人は教えられています。愚禿鈔です。 信受本願 │ 本願を信受するは前念命終 │ 前念命終なり即得往生 │ 即得往生は後念即生…

現生不退とは

「現生不退」とは現在世で正定聚不退転になれるということで、この世で完全な救いにあずかるということ。 真に知んぬ。弥勒大士は、等覚の金剛心を窮むるが故に、龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし。念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の…

輪廻転生から離れる道

高僧和讃に 昿劫多生のあいだにも出離の強縁しらざりき本師源空いまさずはこのたびむなしくすぎなまし 高僧和讃とはどんな和讃か、七高僧の書かれたもの、これは法然上人について書かれたお言葉。源空上人とは法然上人のこと。法然上人から教えていただくこ…

仏教の結論を強調する人ほど激しい攻撃を受ける

五濁の時機いたいては道俗ともにあらそいて念仏信ずる人をみて疑謗破滅さかりなり(正像末和讚) 「一向専念無量寿仏」を強調する人ほど、激しい疑謗破滅がやってくる、と教えられた親鸞聖人の「ご和讚」 五濁とはどんなことですか?阿弥陀経にあります。劫…

阿弥陀仏に救われたらどうなったか

親鸞聖人が教行信証信巻の中のお言葉。 真に知んぬ。弥勒大士は、等覚の金剛心を窮むるが故に、龍華三会の暁、当に無上覚位を極むべし。念仏の衆生は、横超の金剛心を窮むるが故に、臨終一念の夕、大般涅槃を超証す。(教行信証) 阿弥陀仏の願いはどんな願…

自力と他力の違い

浄土真宗の布教師で香樹院師という人がいた。蓮如上人の生まれ変わりともいわれる素晴らしい人。聴聞ということについて有名な4つの心構えを教えられている。 骨折って聞け、 衣食忘れて聞け、 間断なく聞け、 聞けぬときは思い出せ。 香樹院師といいますと…

蓮如上人の三願転入

この雑行雑修の共通悪は共に自力の心。何とかすれば何とかなれると思っている心。それで雑行雑修自力の心を振り捨ててと言われている。 この短い言葉に三願転入のみ教えがおさまっている。 蓮如上人は親鸞聖人の三願転入の心を19願を雑行と言われ、20願…

雑行についての疑問

雑行については非常に大切なことです。 金儲けや病気治しのため。 これも雑行にはいるのでしょうか。 後生の一大事助かろうとする行為は全て雑行に入ります。 自力の心ですね。 自力の心とは身口意の三業をよくして後生の一大事助かろうとする心を言いますか…

阿弥陀仏の立撮即行のご苦労

阿弥陀仏は十劫以来おたちづくめ。それで阿弥陀仏のお姿を立撮即行。阿弥陀仏はずーと十劫の昔からおたちづくめで、何とか救いとろうとずーとおたちづくめ。与えることが目的、受けとらせることが目的。名号を受け取るというのは、船に乗るということ。 大行…

正法・像法・末法の三時

現在は末法といわれます。 末法とは何でしょうか。 仏教では、正法、像法、末法、法滅の時代区分があります。 正法の時機・・・釈尊がお亡くなりになられてから500年像法の時機・・・正法の時機終わってから1000年末法の時機・・・像法の時機終わってから100…

平生業成、不体失往生、現生不退

平生業成、不体失往生、現生不退。 平生業成について、 昔の能登半島は、仏教聞かなかったら、村八分にされるところ。 そこに三国一の同行が来た。 そしてその人に対して、仏教の先生が説法に立たれた時、 休憩になると、控え室に怒鳴り込んできた。 何じゃ…

親鸞聖人の田植え歌

親鸞聖人が田植え歌を、最初は田植えのはかどる歌といわれた。 みんな全然説法を聞きに来ないから。あの人達にとっては後生とかどうでもよくて田植えのことで頭がいっぱい。私達も仕事がある、近所づきあいがある。 仏法どころじゃない。 親鸞聖人は本当は田…

親鸞聖人が救われたプロセス

阿弥陀仏は48の願を建てられた。 本心は18願。 18願の世界に引っ張り出すために立てられたのが 19願と20願。 この19願、20願も、非常にみ心が深い。私たちが19願、20願を呼んでもわからない。 さとりは一段違えば人間と虫けらほど 境涯が…

無上の信心を獲得できるのはなぜ?

無上の信心を獲得できるのは、阿弥陀仏と釈尊のおかげである。 釈迦弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり(高僧和讃) 「無上の信心」とは=他力の信心=人生の目的阿弥陀仏とお釈迦様のご苦労によって信心獲得させ…

仏教ではなぜ教えの通りにするのか

我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも 開山のめされ候ように御沙汰候」と仰せられ候。 (御一代記聞書159) 御一代記聞書は蓮如上人の言行録 ある人が蓮如上人にたずねた。 「これはどういうことでしょうか」蓮如上人「わしもわからん」「しか…