仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

信心

正信偈に何が書かれているのか

正信偈は親鸞聖人お書きになられたものです。親鸞聖人の主著は「教行信証」ですが、その教行信証をまとめられたもの、圧縮したものが、「正信偈 」です。ですから、親鸞聖人の浄土真宗の教えは、全部正信偈 の中に収まっているのです。 全部で840字で書か…

仏教の会合の目的

蓮如上人は、会合の目的をこのようにおしえられています。 毎月の会合の由来はなにの用ぞなれば、在家無智の身をもって、いたずらにくらし、いたずらにあかして、一期はむなしくすぎて、ついに三塗にしずまん身が、一月に一度なりとも、せめて念仏修行の人数…

仏教講座で聞いた喜び

仏教講座に行ったとき、聴聞で何も知らされることがありませんでした、という後ろ向きになることもあるかもしれませんが、仏教講座に足を運んだということは、それだけ仏縁が深まったということになります。 それが、善知識同行に親しみ近づくと言うことにな…

信じる人も疑う人も幸せに

浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、主著『教行信証』の一番最後に、「信順を因と為し、疑謗を縁と為し、 信楽を願力に彰し、妙果を安養に現さん」と記されています。 信じる人もいるだろう、疑う人もいるだろう、それらを因縁として、早く救われてもらいたい、…

幸せになれない原因は自力の心

私達は幸せを求めて生きています。 私達が信じているものは、お金や財産、地位、名誉など、色々ありますけど、みんな幸せになれると思って信じているわけです。 しかし、それらのものは幸せにしてくれないんです。 だから、それを信じていても幸せになれない…

宗教が必要な一つの理由

どんなたよりにしているものも最後は必ず崩れてしまいます。 それをおっしゃった蓮如上人のお言葉があります。 まことに死せんときは予てたのみおきつる妻子も財宝もわが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三塗の大河をば唯一人…

失って始めて気づく健康の大切さ

健康とか親というのは、普段あまり気にしていないけど、失ってみて、いかに大きな心の支えであったか知らされるものです。 健康でいられると思うから、明日の予定とか来週の予定とかを考えるのであって、いかにあてにしているかということは、毎日の食生活を…

私たちの人生で一番大事なことは?

私たちの人生で一番大事なのは、生きる目的です。 生きる目的は、信心獲得して絶対の幸福になることですから、一番大事な信心獲得することを本とします。 煩悩具足の私たちは目的を見失うのが自性です。常に決勝点を聞かねばなりません。 気を緩めると目的を…

新春や破満の徳に輝けり

新春や破満の徳に輝けり 新春を迎えた今、破満の徳に輝いています。破満とは、破闇満願のことです。 人生究極の目的は破闇満願の身になることです。破闇満願とは、中国の曇鸞大師のお言葉です。 心の闇を破って究極の願いを満たす。ということです。 仏教を…

南無阿弥陀仏は単なる文字?

南無阿弥陀仏という真実の宝は、阿弥陀如来が私たちに受け取らせるために作られました。 ところが、南無阿弥陀仏は単なる文字じゃないかという人がいます。南無阿弥陀仏は、垂名示形の南無阿弥陀仏です。 名をたれて形を示された阿弥陀如来の御心の顕現です…

絶対の幸福とはどんな幸せか

絶対の幸福になると、生きているときに、限りない幸せがえられます。それを10種類にまとめて「現生十種の益」と教えられています。 1つめは「冥衆護持の益」です。冥衆とは菩薩、諸神のことです。護持とはまもるということです。 菩薩、諸神が守って下さ…

たのむ

仏教に「たのむ」という言葉があります。 この「たのむ」というのは漢字で書くと「憑む」です。 たのむというと普通は「頼む」という字で、「お願いする」という意味で使っています。「たのむから僕に答案をみせてくれ」「好きと言ってくれ」「焼き豚おくれ…

阿弥陀仏が誓われている内容

阿弥陀仏の本願に誓われている内容は、三つの心にしてみせるということです。これを「本願の三心」と言われます。 また弥陀の本願のことを「本願三心の願」と言われたりします。 斯の大願を「選択本願」と名く、亦「本願三心之願」と名く、復「至心信楽之願…

人の言葉でぐらつく信心は臨終どうなる?

他力金剛の信心を獲得していない人は、これは間違いない、私の当てになるものだと思っても誰かに非難や攻撃を受けるとすぐにぐらぐらになっちゃうんですね。 約700年前、関東の同行達が日蓮宗を開いた日蓮や善鸞の言葉にぐらついて、浄土真宗の親鸞聖人の…

なぜ幸せが得られず苦しむのか

人間が人生で幸せ を求めながらなぜ幸せが得られず苦しむのか。 それは当てにしていたものが何の前触れなしに壊れてしまうところからです。 世の中を見てみると、今森容疑者という人が筋弛緩剤を点滴に入れて、おじいちゃんおばあちゃん子供も何十人もころし…

信心はなぜ必要?

信心はなぜ必要なのかといいますと、私たちは何かを信じなければ生きてはゆけないからです。 信心とは、何かを心で信ずることです。信ずるということは言葉をかえればたよりにする、あて力にするということです。 私達は何かをたよりにし、あて力にしなけれ…

正信偈

正信偈についてお話をしたいと思います。 浄土真宗の親鸞聖人の主著は教行信証です。他の御著書は親鸞聖人のみ教えの一部しかありませんが、教行信証には親鸞聖人のみ教えのすべてがあります。浄土真宗の御本典です。 その教行信証をぎゅっとしぼったエキス…

人間五十年

蓮如上人は御文章2帖目12通「人間五十年・四王天」に 今日今時よりして、不法懈怠にあらん人々はいよいよ信心を決定して、真実報土の往生を遂げんと思わん人こそ、まことにその身の徳ともなるべし。 とおっしゃっています。 その人に近付いても全く仏法を…

現代人には宗教や信心などいらないの?

信心というのは、心で何かを信じることです。信じるということは、心あてにしたり、の支えにしたりすることです。 私たちは何かをあてにして支えにして生きています。それは宗教だけではありません。 いつの時代もどこの人も何かを信じています。 そして信じ…

正信偈とは?

親鸞聖人の正信偈には、まさに親鸞聖人が教えて下されている仏法の真髄を明らかにされています。仏教の真髄を聞かせていただくことが大切です。 仏教講座に足を運んで直接聞かせていただくことが大切です。 正信とはどういうことでしょうか。正しい信心とい…

浄土真宗で知らされた2つのこと

あら不思議心も六字身も六字浮世の空にかかる雲なし これは信心決定した喜びの歌です。あなたも信心決定するとこういう心がハッキリ分かります。信心決定すると世界観、人生観がガラッと大変わりする。親鸞聖人ならああ……といわれています。 絶対助からない…

吉崎の嫁おどし

約500年前、浄土真宗の中興・蓮如上人の時代の、吉崎の嫁おどしの話は、あなたのお爺さんお婆さんならほとんどの人が知っている話です。 蓮如上人が福井県の吉崎におられた頃、その蓮如上人の教えを熱心に聞いていた奥さんがいました。ところが姑が大の仏…

救われたつもりの人の特徴

獲信したと思っている周囲の者も、こぞって「めでたい。めでたい」「よかった。よかった」と言うので、本人も獲信したつもりになる。 そして本当に弥陀の本願に救われた人なら、より聞法せずにおれなくなるものだが、彼らは助かった後は、もう聞く必要はない…

恐ろしい信心の人たちの特徴

世の中には、仏教といいながらそうではない信心の人たちがたくさんいます。 救われたつもりになって地獄行きになってしまいます。 そんな恐ろしい信心に迷わないために、その特徴を知っておく必要があります。 まず、そんな人たちは 「信心を獲るのにコツが…

浄土真宗の現世利益

浄土真宗は、死んだらお助けだと思われていますが、金剛の真心を獲ると、とってもたくさんの幸せを獲ることができると教えられています。 現在生きているときに十種の幸せを獲ると。 金剛の真心を獲得するものは横に五趣八難の道を超え、必ず現生に十種の益…

浄土真宗で教えない親鸞聖人の論争

現在の東西本願寺はじめ浄土真宗十派では、三大諍論教えない。教えたら自分の首をしめる。坊主と言っても無知なんです。 たとえば親鸞聖人と善慧房証空との体失不体失往生の諍論。この体失不体失往生とはどういうことか。 往生とは、救いのこと。 親鸞聖人は…

疑情と煩悩の違い

正しい信心を獲たら心がどう変わるか、 ということをあなたはっきり知っておいて頂かなくてはならない。 なくなるのは疑情です。欲や怒りや愚痴の煩悩はなくなりません。 疑情がなくなって明るい心になったことを、本願文ではどう仰っていますか?信楽の「信…

救われたらハッキリする。

世の中には、救われたかどうかハッキリしない人ばかり。 いつとはなしに救われたとか。 しかし、それが救われたといえるのか。 肩の糸くずを取る。「分かったかな」「分かりません」糸くずが取られたくらいでは分からない。 しかし、担いでいた椅子を取る。…

他力の信心と自力の信心の違い

「弥陀の本願まことにおわしまさば釈尊の説教虚言なるべからず、仏説まことにおわしまさば、善導の御釈虚言したもうべからず。善導の恩釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申す旨、またもってむなしかるべからず候…

南無阿弥陀仏の2つの働き

南無阿弥陀佛は智慧と慈悲が封じ込められている。智慧は無量光、慈悲は無量寿。智慧のはたらきによって生死に止まらない。苦しみ悩みに立ち止まらない、断ち切って下される。娑婆に止まらず必ず極楽浄土にいける。一日たてば一日、一年たてば一年と確実に極…