仏教研究室

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強そうで弱いものが歯

ここで親鸞聖人は
「たまたま行信をえばとおく宿縁をよろこべ」とおっしゃっている。

行信というのは他力の信心です。
この信心をえたならばとおく宿縁をよろこばずにはおれない。永い流転を振り
返って、どれほど長い間、親鸞阿弥陀如来からはぐくまれ照育されてきたの
かとよろこばずにはおれない。宿縁というのは宿善のことです。

 

教行信証の総序を暗記できるなんてほんとうにすばらしい。ダイヤ
モンドどころではない。信心決定したらかがやいてみえる。これは文字ではな
い。たからものです。おぼえてみようという気持ちがだいじです。暗記がきら
いというひともなんどもなんども読んでみてください。

御一代記聞書(98)

強そうで弱いものが歯、すぐに抜けてしまう。弱そうでつよいものが舌。やわ
らかくにょろにょろしているがもうぬけない。
歯は自力、したは他力をあらわす。
そごうの水島会長。会社が倒産したらもうおわり、強そうに見えて実によわ
い。他力の信心をえたひとは実は強い。世の中に歯がぬけた婆さんがいてもし
た抜け婆さんがいない。

 

御一代聞き書き(167)
これは有名なお言葉、仏法は知りそうもなき人が知る。あんなよぼよぼの婆
ちゃんなんもしらんだろうとおもえるひとが実は信心決定した信仰の深いひと
もいる。

 

中村はじめのような佛教学者がこのような信仰のこととなるとなんにも知らな
い。庄松同行のような八文といわれるようなひとが実はよく知っている。

蓮如上人はよくよく人に聞きなさいとおっしゃっている。「だれに聞けばよい
ですか?」となったら仏教のことは上下を問わずききなさい。先輩も後輩もな
い。仏教はしりそうもなきものが知っている。
「あのひとは大学教授だから知っているだろう」、とか「あいつなんかにかに
聞いてもわからんだろう」とかはない。
最近は偏差値の低い人はばか、高い人は頭がいいとよく言う。しかし、仏法に
おいてはそんな偏差値まったく関係ない。はっきりいうとみんな後世をしらな
い愚者。学歴、偏差値そんなものは死ぬときにはなんにもならない。もし音楽
の偏差値があればモーツアルトがトップかもしれない。しかし、人生の目的と
なんの関係もない。

 

みなさんは頭がいい。しかし、それをむだなことにつかうな。八万の法蔵を
知っているということがわるいのではない。

中村はじめさんは八万の法蔵をしっているが、しかし後世をしらない愚者。

ものすごく効率のいい走り方で、とてもはやく走っても、走る方向をしらない
のでは全く意味がない。
みんなは行き先に目をひらいて八万の法蔵をしる知者になってもらいたい。後
世をしる智者です。