仏教研究室

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御文章3帖目11通「毎年不闕」9通「鸞聖人御命日」

報恩講について蓮如上人が書かれているところは多い。

 

御文章3帖目11通。「毎年不闕」

そもそも今月二十八日は、開山聖人御正忌として、毎年不闕に、かの知恩報徳の御仏事においては、あらゆる国郡、そのほかいかなる卑劣のともがらまでも、その御恩をしらざるものは、まことに木石にことならんものか。

これについて、愚老この四五ヵ年のあいだは、なにとなく北陸の山海のかたほとりに居住すといえども、はからざるに、いまに存命せしめ、この当国にこえ、はじめて今年聖人御正忌の報恩講にあいたてまつる条、まことにもって不可思議の宿縁、よろこびてもなおよろこぶべきものか。しかれば自国・他国より来集の諸人において、まず開山聖人のさだめおかれし御掟のむねを、よく存知すべし。


 毎年不闕とは、毎年欠かせないこと、ということ。
報恩講で恩を知り、恩に報いる、その親鸞聖人のご恩を知らないものは木や
石、人間ではないぞ。北陸でもいろんなことがあったけれども、この大阪でも
報恩講をつとめることが出来るのは、何と素晴らしいことか、何と喜ばしいこ
とか」

「自国、他国から参詣された人々よ、よく知ってもらいたい」

「仏法を説く人が滅茶苦茶なことをやっている」

蓮如上人憤激しておられるお言葉。
報恩講でよっぽど反省懺悔して、信心決定しなかったら、たとえ報恩講に参
詣してご恩報謝といっても、何の意味もないぞ。

信心決定してこそ、仏恩、善知識のご恩に報いることになるのだ」

 

●御文章3帖目9通。「鸞聖人、御命日」
そもそも、今日は鸞聖人の御明日として、かならず報恩謝徳のこころざしをはこばざる人これすくなし。しかれども、かの諸人のうえにおいて、あいこころうべきおもむきは、もし本願他力の真實信心を獲得せざらん未安心のともがらは、今日にかぎりてあながちに出仕をいたし、この講中の座敷をふさぐをもって真宗の肝要とばかりおもわんひとは、いかでかわが聖人の御意にはあいかないがたし。しかりといえども、わが在所にありて、報謝のいとなみをもはこばざらんひとは、不請にも出仕をいたしてもよろしかるべきか。されば、毎月二十八日ごとにかならず出仕をいたさんとおもわんともがらにおいては、あいかまえて、日ごろの信心のとおり決定せざらん未安心のひとも、すみやかに本願真實の他力信心をとりて、わが身の今度の報土往生をば決定せしめんこそ、まことに聖人報恩謝徳の懇志に、あいかなうべけれ。また自身の極楽往生の一途も、治定しおわりぬべき道理なり。

 

 報恩講で信を獲れ、信をとることが一番の御恩報謝になるのだ、

と仰有っている。

一番の御恩報謝は、信心決定させていただくと言うこと。

 

信心決定に一番大切なのは聞法。

聞法と顕正は車の両輪と言われる。

これは二つで一つ、一つで二つ。

自利と利他。切っても切れない。

真剣な聞法をしている人は、必ず人にお伝えせずにおれなくなる。

また熱心に顕正していることは、かならず真剣な聞法をせずにおれなくなる。

 情熱いっぱいのわかりやすい話をする人は、それだけ真剣な聞法をしている
ということ。

親鸞聖人は一向専念無量寿仏一つを叫んでいかれたが、

寝込まれたことがあった。

そこで親鸞聖人、「そうであった。善導大師のお言葉を忘れていた」

そのお言葉

これすなわちまことに「自信教人信  難中転更難  大悲伝普化  真成報仏恩」

という釈文のこころにも符号せるものなり。

●善導大師「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」

 親鸞聖人このお言葉を思い出されて、また布教にたたれた。

自信」、自らが信をとる。これが難しい。

正信偈「難中之難無過斯」しかしもっと難しいこと。

教人信」しかし、その難しいことをする、人に伝える。

阿弥陀仏の大慈悲を伝えて、普く化す。

これが一番、阿弥陀仏の御恩に報いることになるということ。

だから親鸞聖人はお伝えして行かれた。どんな思いでか。

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし

 師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし」
このお気持ちでお伝えして行かれた。

「祖師の恩 報い切れずに 秋暮れる

 もう生きて いくばくもなし 恩に燃ゆ」
 秋とはどういうことか、人生の秋。

 親鸞聖人の恩に、私たちはどう報いるべきか。
 精一杯、力一杯の顕正が、それだけ真剣な聞法になる。

真剣な顕正をしている人は、必ずそれが真剣な聞法になり、

信心決定に向かって進ませていただくことになる。

 

 報恩講。恩に報いる。一番の御恩報謝は、信心決定。

それだけではなくて、一人でも多くの人にお伝えする。

お伝えして、みんなで真剣になって、報恩講で信を獲る。


我が身の後生の一大事があって、それを解決する。

それは勿論です。それだけではない。

一人でも多くの人と共に。自信教人信。自利利他。

精一杯出せる力すべて出し切って、その利他の御縁を通して、

自ら仏縁を深めさせていただく。

 報恩講で信を獲れ、厳しく蓮如上人は仰有っている。

聞法顕正、力一杯、後で後悔することのないよう、相手の仏縁を念じて話をする。
親鸞聖人もこれ一つ、蓮如上人もこれ一つ。

 報恩講で、信を獲れ。