仏教研究室

仏教を研究しています。

真宗の繁昌とは

一宗の繁昌と申すは、人の多く集まり威の大なる事にてはなく候、

一人なりとも人の信を取るが、一宗の繁昌に候。

然れば、「専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」と遊ばされおかれ候。

(御一代記聞書122) 

 

繁昌というのは、普通、

講演会で、チケット即日完売で、人がたくさん集ること。

マツモトキヨシ繁昌している」といえば、店にたくさん人が集っていること。
本ならベストセラーになること。

テレビなら視聴率が高いこと。

こういうのが繁昌。

人から誉められるのも繁昌。CM女王。


浄土真宗における繁昌という事はそういうことじゃないんだよ。

一人でもいいから、他力の信心を決定する。

これが浄土真宗の繁昌。

 

本がどれだけ売れても 

講演会に沢山の人がきても、その講演会で、

一人も信心決定した人がいなければ、繁昌ではない。


蓮如上人…中興上人。親鸞聖人はご開山聖人。

蓮如上人の時、寺は非常にさびれていた。

それが一代で日本に浄土真宗の寺がないところはない

というほどになる基礎を築かれた。

蓮如上人の時代ほど、浄土真宗が人が多く集っていたときはなかった。
蓮如上人…政治家として研究している人もいる。
一番お金も集って、人も多くいた。

その蓮如上人が言われた。

徹底して、お金や物にこだわっておられずに、信心決定一つ叫ばれた。
だから、中興上人と言われている。

光に向かえば影がついてくる。
光に向かって進むものは栄え、闇に向かって走るものは滅ぶ。

信心決定に向かって、進むものは人や物がついてくる。
欲に向かって、人や物に向かって走るものは滅びる。

何も手に入らない。
影に向かうと、逆に影は薄くなる。
蓮如上人も常に信心決定一つ叫ばれた。だから影もついてくる。

親鸞聖人も、教行信証

ひそかにおもんみれば、聖道の諸教は行証久しく廃れ、

浄土の真宗は証道今盛なり。

・聖道の諸教とは、聖道仏教の学者たち。
・行証廃れている。

仏教は、教行証。

聖道仏教を見ていると、行証が廃れている。

法華経は有っても、実行する人もいなければ、悟る人もいない。
浄土の真宗は証道今盛なり

浄土真宗は、信心決定した法然上人がいて、またこの親鸞がいる。
どんな時にいわれたか。

35歳の親鸞聖人が流刑に会われたときの文章。
聖道仏教廃れている。浄土真宗盛んなり。

歴史から見ると、吉水解散、これにより浄土真宗は廃れてしまった。

聖道仏教はおれたちの勝利と乾杯している時。
その時に浄土真宗は繁昌していると仰有った。
親鸞聖人も、蓮如上人も、常に善知識の思われる事はこういうことばかり。

三朝浄土の大師等
 哀愍摂受したまいて
 真実信心すすめしめ
 定聚のくらいにいれしめよ
          (正像末和讃)

三朝浄土の大師等とは、インド、中国、日本の高僧方。

真実信心をすすめて、

一念で正定聚の絶対の幸福まで導いて頂きたい。

 

こんなに話をしているのに、力不足でいまだ信心決定する人がありません。

 

どうか私に力を貸してください。

 

このように言われていて、

どうか人を集めてください、とはいわれない。
蓮如上人

あわれあわれ存命のうちに皆々信心決定あれかしと朝夕思いはんべり、

まことに宿善まかせとはいいながら述懐の心しばらくも止むことなし。
 (御文章四帖)


蓮如上人もそれ一つ最後の御遺言でおっしゃっておられる。
常におっしゃっておられたのはそういうこと。

 

然れば、「専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず」
専修正行とは浄土真宗
遺弟とは残された弟子。

 

釈迦如来かくれましまして
 二千余年になりたまう
 正像の二時はおわりにき
 如来の遺弟悲泣せよ

正像末和讃

正像の二時とは、正法の時機と、像法の時機

正法の時機は教行証がある。

像法の時機になると教行はあるが、悟る人がいない。
正像の二時が終わると、末法になる。

末法になると、教は有っても修行するものもいない。

比叡山と言っても、肉を食べている。
とお釈迦様が仰有っている。

予言されている。

この如来の遺弟とは、釈迦如来の遺弟。

悲泣しなきゃ生けない時代に生れてきたんですよ。

 

しかし遺弟にももうひとつ、勇躍すべき遺弟がある。
これは、阿弥陀仏の遺弟。阿弥陀仏の本願を伝える人。

正確には、信心決定した人。

専修正行の繁昌は遺弟の念力より成ず
親鸞聖人のみ教えを徹底するかいなかは我々にかかっている。

ということ。
念力とは、信心決定したひとは、何とか信心決定してもらいたいとおもう。

これが念力。
真実の仏法分ったら、何とか分ってもらいたいとおもう。

これも念力。

この仏法伝えたいという想い一つで真実の仏教は繁昌していくんだということ。

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