仏教研究室

仏教を研究しています。

越えなばと 思いし嶺に 来てみれば なお行く先は 山路なりけり

越えなばと 思いし嶺に 来てみれば なお行く先は 山路なりけり

越えたと思ったら,また先は山であった。

坂道を登ると言うのは大変に単調な作業なんだね。

例えば,受験勉強。
毎日学校と家と塾との
そんな大それた遊びをやってたら、どんどん遅れていってしまう。
大学行ったら変わるぞ、
大学行ったら遊んでやる。
めがねかけてたけど、コンタクトにする、とか。

パーマあてたり,
高校の時に着れなかったものを着たり。
これは自分を変えたいんです。
高校の時は、自分の好きな服を買うのも我慢。好きなCD買うのも我慢。
大学では思いっきり羽を伸ばしてやる。
しかし、大学でも試験はありますし、
そして、今は就職戦線異常ありですから
しかも、やっとこ就職した所でも
勉強したことが活かせないとか。
人間関係で苦しんでいるとか。

これどうするかっていうと、私達は気晴らしするんですね。
女の子を捕まえるとか。
髪型変えるとか。
RPGするとか。

その人がこだわっているっていうのは、
こういう仮想現実的なのが多いんですね
そんなに骨を折らなくてもいい。

しかし、それは登っている最中で水を飲んでいるに過ぎない。
休んでいるに過ぎない。
だから、そこそこしたら、また登りはじめなければならない。

理系の人、僕は文系の人を見てなんて人種差別なんだって思ってたんだね。
大体受験の科目からして少ないでしょ。
しかも、大学入ってからほとんど勉強してる風じゃないんですね。

あそこまでいったら楽しよう、と思ってたのに,
登ってくとドンドン勉強しなくちゃならなくなってくる。

それは疲れるから、何かをして憂さを晴らすんだけども、
それは路線を変更したわけじゃないんだね。
それはしばらく休んでいるだけ。
だから、また登っていかなければならない。

例えば,途中に山小屋があって、そこにヘリコプターがあって、
それに乗ったら,もう登らなくてもいいんですよ。

ここまでくればもう大丈夫、
こういうゴールがなければ、人生に漠然とした不安がおきてくるに
決まってますから。
私の人生はここまでいくためにある、
そう言えるような,人生の目的。
それを、山登りする、最初にキャッチすることが大事になるわけだね。
ところが、それを学ぶ機会が極端に少ないわけです。

そこで、あなたにこの答えをキャッチしてもらおうというのが
このブログのねらいなのです。