仏教研究室

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生きる意味

生きる意味について

芥川龍之介は小説の中に

「生きるために生きる為の人生の悲しさがある」

芥川龍之介とは、
大正時代の文学者。日本の純文学最高峰の栄誉、芥川賞
小学生もわからないながらも知っている「蜘蛛の糸」
羅生門」。青酸カリで服毒自殺。

 

例えば歩く為に歩く人はいるか?

いない。

歩いて健康になるために歩く人はいる。
「歩く」とは右足と左足の交差の反復運動。
 歩くこと自体には意味はない。
歩いて健康や、リラックスなど、何かを手に入れた

となってはじめて意味がある。

 

ルソーも

「呼吸するために生きているのではない」

と言っている。

 

一休は

「人生はくて寝て起きて糞たれて子は親となる子は小屋となる」

毎日毎日同じことの繰り返し。

それなら、人命は尊いというのはどこが?

 

シェイクスピア
「赤ん坊の産声はなぜ生まれってきてしまったのか
という嘆きの声である」
自分の意志で生まれてきたのではない。

 

人生という舞台に生まれてきたのは何のため
いつ死んでも後悔無しという身になるため。

 

孔子は「明日に道をきかば夕べに死すともかなり」

と言っている。

これが人生の目的であり生きる意味。

 

では、オリンピックで金メダル、

ノーベル賞受賞?
これで死んでも悔いなしとなる?

 

人生の目的とは

何のために生きているのか?

ということ。

それを果たしてこそ生きる意味がある。

 

芥川龍之介侏儒の言葉

「人生は狂人の主催するオリンピック」
・オリンピック・・競争。

競争社会だが、ゴールはない。

 

人生の目的は完成がなければならない。

本当の人生の目的は、仏教に教えられている。

 

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