仏教研究室

仏教を研究しています。

王舎城の悲劇に見る惑業苦

親鸞聖人は、阿弥陀如来に救われると、

韋提希夫人と一味の世界に出られると

正信偈に説かれている。

 

与韋提等獲三忍  

(韋提と等しく三忍を獲る)

 

お釈迦さまの当時インドで最強だったマガダ国の

ビンバシャラ王と韋提希夫人の二人は

物質的には何不自由ない生活を送っていたが、

ただ一つ悩みがあった。

それは子供が欲しい。

 

物質的には何不自由ない生活をしていたんですが、子供がいなかった。

子供が欲しいというのは、欲の心ですね。

欲から、どういうことを思ったか。

 

韋提希夫人は、占い師に一回見てもらおうという心になってしまった。

これを惑と言います。

すると、奥山で修行している修行者が死ねば、子供が授かるといわれた。

しかし、それには5年かかる。

なら、修行者さえ死ねば子供が授かるのだから、

修行者を殺したいという心になった。

 

大臣達の間で話し合った結果は、子供は欲しいが、修行者を殺してまで……

ということになったが、韋提希夫人がビンバシャラ王の袖を引っ張っていった。

そこで、韋提希夫人が文句を言う。結局、韋提希夫人のいうがままに、

修行者を殺そうということになった。

 

そして、修行者を殺すというを造ってしまった。

それによって、今度は韋提希夫人がものすごく苦しむんですね。

修行者が死んでいくときの姿が目に焼き付いて離れないんですね。

最近、必ず復讐してやるといって死んでいった女子高生がいましたが、

この場合は自殺どころではないんですね。

実際に殺している。

 

こういうのを惑業苦といいます。

迷った心から、悪い行いを造って、

苦しい結果を受けるんですね。

 

そして、苦しいからまた迷う。

成長すると親を殺す子供になるといわれた。

今度は、産まれてくる子供に恐れて、

剣の林に産み落とそうと考えて、実際にしてしまうんですね。

 

こうして惑業苦が続いていきます。