仏教研究室

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定価の3倍で笛を買ってしまったフランクリン

アメリカの高額紙幣に描かれているベンジャミン・フランクリン

小さい頃、笛を定価の3倍で買ってしまった。

 

人間なにかがほしくなるとほしいものは

そんな自分を幸せにしてくれるわけではないのに。

たとえば金が洋服、そんな自分を幸せにしてくれるわけではないのに、

あまりにもおおきな犠牲を払って、

労力を払って犠牲をはらって、

馬鹿なことにお金をはらっているね。

こんなことが世の中に一杯有るということ。

 

以前アメリカで妊婦殺人事件というものがおきていて

世界中で話題になってた。

 

高くかいすぎる。

子供ほしさにそんな恐ろしい犯罪をおかす。

なにもかも生活のすべてをかけて自殺している。

馬鹿なところへ時間をかけたもんだよ。

そこまで子供を手に入れたってそんなに幸せになれんのに。

そこまでやっても幸せになれないのに人間は馬鹿なところに

お金をかけるもんじゃい。

それがばかなもんじゃ。妊婦殺人、最たる例ですね。

 

これは裏を返せば。

もっともっとお金をかけなければならない、

もっともっと時間をかけなければならんところには、

やすく軽んじているんではないか。

洋服があるのが幸せではない。それを軽んじているんですよ。

 

わたしたちを本当に幸せにしてくれるのは阿弥陀仏の本願。

一念で後生の一大事解決してくだされて、

よくぞ人間にうまれさせてくれたものぞ。

これが仏法なんですよ。

それを教えてくださるのが善知識。

そして教えてくださることが弥陀の本願。

その弥陀の本願きくのにどれだけお金かけたって力をかけたって、

かけすぎはないのに。

 

世間のお金をつかってたまたまあまったらこちらへ時間を使いましょう。
かすの体力とかすの時間とかすのお金で求めましょう。

あまりにも安く求めすぎではないだろうか。

ほんとうにあなたを幸せにするところにお金をつかったなら、

時間をつかったなら、どれだけ時間をつかいすぎても使いすぎることはない。

それだけ仏法を大切に求める心があるから早く救われるのですよ。

去年蓮如上人500回忌のときに、

それも親鸞聖人の報恩こうをかねておこなわれたんですけど、

ホンコウボウリョウケンのビデオを上映された。

 

報謝。そのビデオをみて本当に感動した人が、

わたしたち親鸞聖人学徒にとって報謝とはなんですか。

なかなか聞かせて頂くことのできない、仏法をきかせていただいて、

どうしたらいいでしょうか、と聞いてこられた。

 

報謝とはなにか。

世間へつかう事は、仏物を徒にする事よと、恐ろしく思うべし。さりながら、仏法の方へは、いかほど物を入れても飽かぬ道理なり。又報謝になるべし」と云々

(御一代聞記書 227番)

 

世間

あなたのもっているお金とか労力とかそれらの一切のものを

世間ごとのために使うというのは高く買いすぎる。

仏法を求めるためにいかせば、
もっともっといかされたのに。

おろそかなことですよと蓮如上人はいわれている。

 

仏法のために使わないでそんなところに使っているとは、

そんなつまらない洋服やら笛やらに使っているとは

高く買いすぎるところにならないかな。

恐ろしいと思いなさいよ。

仏法の方へは、いかほど物を入れても飽かぬ道理なり

なぜ生きるかをはたすために、人生の目的をはたすためになることに、

それらのものを使うこと。

ひとりでもご縁を結んでもらうために話をする。

仏教の教えを学ぶのに時間をつかう。

そういうところにどれだけものをいれても、

どれだけ研鑽しても、高く買いすぎるということはないんだよ。

 

考えてみますと、わたしたちは欲を起こしますと、

そんなところへ力をいれてもたいして喜びはないのに、

だから幸せになれそうでなれない。

 

だから得しているようで損している。逆だよ。

ほんとうの幸せになれるために仏法をきいているのに。

この仏法を求めるために時間かねを使う損しない。

つまらないものにお金を使う、得しているようで損している。

無駄だよ。

 

考えてみると一日ボーとテレビみているだけですぎてします。

夜中じゅうテレビゲームしている。基本的に一限カット。

基本的にいつもだるい。そういうところに時間をつかう。

一度みたプロ野球ニュースをもういっかいみる。

それなのに仏教の教えは学ばない。

仏法のために使う。

 

そのようにして仏法のためにお金や労力を使うと

仏法を大事にするようになり、

大切に求める心が強くなって早く救われる。

 

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