仏教研究室

仏教を研究しています。

苦しみの絶えない迷いの世界

苦しみの絶えない迷いの世界。

迷界、苦界、といわれるが、仏教ではいろいろないわれかたをする。


・三界

・二十五有生

・五悪趣或いは五趣

・諸有

本願成就文、諸有衆生

迷い苦しんでいる衆生

諸有に流転のみとぞなる

迷いの世界を経巡る。


聖道権仮の方便に
衆生ひさしくとどまりて
諸有に流転のみとぞなる
悲願の一乗帰命せよ


二十五有生、二十五通りの形のある者。

昔から「二十五有生受けぬ形もなければ、生まれぬ里もない」、

といわれる。

昔から生死を繰り返してきた、どんな生き物にも生まれてきた。

ゴキブリのみを受けたことがあったかも知れない。

鳴いている蝉やコオロギも、私達もああいう生き物だったかも知れない。

最近動物占いとかがあって、あの人はあの動物に似ている。

みんな迷っている。

流転輪廻。

今回、シンクロのテーマ「火の鳥」。

火の鳥で手塚治がいいたかったのは、流転輪廻。

非常に仏教的な漫画。

その二十五有生を更にまとめると六道

 

地獄界

六道の中でも最も苦しみの絶えない世界。

蓮如上人、
 それ人間の五十年を考えみるに、四王天といえる天の一日一夜にあいあたれり。

またこの四王天の五十年を以て等活地獄の一日一夜とするなり。

これによりて皆人の地獄に堕ちて苦をうけん事をばなにともおもわず、

また浄土へまいりて無上の楽をうけんことをも分別せずして、

いたずらにあかし、むなしく月日をおくりて、

さらにわが身の一心をも決定する分もしかしかともなく、

また一巻の聖教をまなこにあててみることもなく、

一句の法門をいいて門徒を勧化する儀もなし。

ただ朝夕は、ひまをねらいて、まくらをともとしてねぶりふせらんこと、

まことにもってあさましき次第にあらずや。

しずかに思案をめぐらすべきものなり。

このゆえに、今日今時よりして、不法懈怠にあらんひとびとは、

いよいよ信心決定して、真実報土の往生をとげんとおもわんひとこそ、

まことにその身の徳ともなるべし。

これまた自行化他の道理にかなへりと思うべきものなり。

 

人間の五十年、人間の一生は、ということ。

それは四王天という天上界の一日一夜だ。

なんと天上界の一日は長い、と思うが、

四王天の五十年が等活地獄の一日一夜。

等活地獄、地獄にも色々ある。

八大地獄。

地獄の中でも一番苦しみの程度のやわらかい、激しくない、

地獄が深さのある者だとすれば一番浅いところにあるもの。

それくらい地獄というのは大変長い。

この長いというのは苦しみの大きさも現している。

 

それなのに、自分自身が、信心決定するということもまったく無ければ、

一巻の聖教をまなこにあててみることもない、

仏法の言葉も人に伝えようとする気もない。

これは情けない僧侶に対して蓮如上人が非常に憤慨しておられる。

ただ、朝から晩晩から朝まで暇さえ有れば、枕を抱いて眠りこけている。

何という情けない。静かに考えてみなさい。

何の為に生まれてきたのか。

生きているのか。

仏法無くして何の人生なのかよく考えてみなさい。

此の故に、今から、怠けて追った人は、いよいよ信心決定して、

真実報土の往生を遂げようじゃないか。

その身の徳となる、その人が本当の幸せになれる。

自行化他の道理にかなう、それがまた自分の幸せになれるし、人も幸せになる。

自利利他。そういう道理に叶う。

自分が一生懸命仏法求めて信心決定することが周りの人の幸せにもなる。

これは当然。

慶びを人に伝えずにおれなくなる。

 

高橋尚子さん。Qちゃん。

会社のコンパでお化けのQ太郎のかっこうをしていた。

しかもQ太郎、すごい大食漢。

あのひともすし25皿、50個食べる。

それでQちゃんといわれる。

あのひとが金とって喜びを表現する、そうすると見ている人も幸せな気分になる。

だからスポーツ選手の良いところは感動を与えてくれる。

よーし私も、という気になる。その時だけでも元気にしてくれる。
ましていわんや信心決定する、その本人の慶びが無上大利

変わらないのだから、常に慶びを伝えることができる。