仏教研究室

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信をとるべきならば身を捨てよ

同じく仰せに「まことに一人なりとも信をとるべきならば身を捨てよ、

其れはすたらぬ」と仰せられ候。(御一代記聞書115)

 

蓮如上人のお言葉です。まことに一人なりとも。

一人であっても、信をとるべきならば、身を捨てよ。

身を捨てよというのは、人生のすべてをそれにかけよ。

自分の持てる力すべてをそれに費やせ。

全身全霊それに向かってぶつかって行け。

それは決して無駄にならない。

それは決して、意味のないことではない。

それはすたらぬ。

じゃあ何に対して身を捨てよと言われているのか。

 

信をとるべきならばと仰っている。

これが仏教でいわれる信心獲得ということです。

信心獲得のことを、蓮如上人はここでは、

信をとると信をとることに身を捨てよ。

 

ここが人生の決勝点だ。ここがマラソンなら

ゴールのテープを切るところだからそこに全力を尽くしなさい。

そこに全身全霊ぶつかりなさい。

それはすたらぬ。

実に明快な蓮如上人のお言葉。

 

他にこんな物言えることがあるかな。

まことに一人なりとも家を建てるためなら身を捨てよ、

それはすたらぬといえるかな。

 

まことにマージャンの為なら身を捨てよ、それはすたらぬ。

それはすたるだろう。

 

真に蔵を買う為なら身を捨てよ、それは廃らぬといえるかな。

いえない。

まことに金メダルを取る為なら身を捨てよ、それは廃らぬといえるかな。

高橋選手、夜の番組に出てインタビューに答えて、

「とてもさびしいです」といっている。


今までずっとオリンピックで金メダルを取ることを目標にしてきた。

それが叶ってなにか悲しい気持ちです。わかる?

オリンピックで金メダルを取ることは人生の目的ではない。

まことに大学に入るためなら身をすてよそれはすたらぬといえるか。

 

他の何がこの言葉におきかえられる?ありますか?

この為なら身を捨てられるというものがありますか。
蓮如上人はハッキリ仰っている。一人でもいいのだ。

信を取るべきならば身を捨てよ。

人生すべてをかけよ。それはすたらぬ。

 

こういうものを人生の目的というのですね。

そういうものを実はみんな求めている。

みんななにかに身を捨てたい。

なにかにぶち当たって、

この為に生まれてきたのだという納得できるものに身を捨てたい。

それがないからつまらないことに身を捨ててしまう。

 

身を捨てるのが怖い人は、

せめてその日その日をエンジョイしようとなる。
そういう蓮如上人のお言葉。

人生の本当の目的を教えられた。

 

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