仏教研究室

仏教を研究しています。

夢という言葉から受ける印象は、夢をかなえる,夢に向かって進む。

希望とか,あるいは幸福。

夢を持つようにしよう。

 将来の夢は。

明るいイメージを思い浮かべますね。

 

夢をかなえたい。夢に向かって進みたい。

歌にもあったね。知ってる?あなたの夢をあきらめないで。

それ歌ってよ。
「あなたの夢をあきらめないで」
夢をあきらめないで。

ジャパニーズドリーム。
ビルゲイツマイクロソフトを大会社にした。

まさにアメリカンドリームの体現者。

そういう夢。

 

夢というのは,もう一つ別なイメージを持ちますね。

夢のように儚い。消えてしまった。

夢のようなでき事だった。

はかないという意味で使われるでしょう。

 

君の夢は大学に入ることだった。

その喜びが今もあるか。

普通の人の何百倍も大きい夢をかなえた人がいる。

豊臣秀吉っていう。

君天下取った?大阪城は彼の家。

普通の人の家はそんな家かな。

伏見城は彼の別荘だ。

みんなはそんな別荘持っているかな。

ねねという正妻のほかに茶々という側室がいた。

みんな側室いるかな。

側室どころか正妻もいない人もいる。

 

何もかも普通の人間がかなえられる以上の、

何百倍以上のものを達成した。

ビルゲイツをアメリカンドリームの体現者なら、

秀吉は,日本の夢を体現した人。

そんな男が人生満足して死んでいったかというとそうではない。

なんと言ったのか。辞世の句。

露とおち露と消えにしわが身かな

難波のことも夢のまた夢。

俺が人生の目的と思って実現してきたことは

夢の中で夢を見ていたような儚いものだった。

私達が思っている夢,希望,幸福。

それは手に入れた瞬間から夢のように消えていく儚いもの。

 

では夢を持つようにしようといわれるのは,

そんな手のひらから零れ落ちていく淡いものを言われたのだろうか。

儚くない夢か。違う。

絶対の幸福。死がきても崩れない幸せ。

死が目の前にやって来ても消えない光明,明かり。

そう言う夢こそが本当の夢だろう。

どんなに仕事をやっても仏法という主人を忘れた仕事な

ら夢のまた夢と消えてしまう。

 

仏法で教えられている死がきても崩れない幸せ。

そう言う夢を持つようにしよう。

本当の人生の希望を、自分のものにしよう。

死がきても変わらない本当の幸せを獲得しよう。
それが夢を持つということです。

本当の夢をね。夢は幻のように消えてしまうものではない。

蓮如上人の御文章1帖目11通

 

夫れおもんみれば、人間はただ電光・朝露の夢・幻の間の楽ぞかし。

たとひまた栄華・栄耀に耽りて思うさまの事なりというとも、

其れはただ五十年乃至百年のうちの事なり。

もし只今も無常の風きたりて誘いなば、いかなる病苦にあいてか空しくなりなんや。

まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、

わが身には一も相添うことあるべからず。

されば死出の山路のすえ、三塗の大河をば唯一人こそ行きなんずれ。

 

ほとんどの人が夢と思い描いているものは電光朝露の間の楽しみなんです。

たとえ秀吉のように栄華栄耀にふけっても50年か100年のこと。

 

あなたが人生の夢とかけて望んだもの。

それが死に望んでついてくるか。

あなたは一生懸命頑張ったのについてこないのかな。

たった一人で行かなくちゃならないではないか。

これによりて、ただ深く願うべきは後生なり、

またたのむべきは弥陀如来なり、

信心決定して参るべきは安養の浄土なりと思うべきなり。


これが人生の目的なんだぞ。

この世の50年から100年の幻のようなものではない。

そう言うものに身を捨てよというのではない。

長く不退に叶うものにむかって身を捨てよといわれる。
それはすたらない。必ず報われる。

そういうものこそ身を捨てる価値がある。

だからこそ仏教では、

大宇宙が火の海原になってもそこを突破して聞けといわれる。

仏法以外にそう言うものはないですね。

 

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