仏教研究室

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阿弥陀仏の本願の相手

本願の素晴らしさを論じるときに約束の相手がどういうものか。

非常に重要。
私達も、その人のスケールを考えるときに、誰を相手に生きているか。

町会議員ならば町の人が相手。

県議員ならば県の人が相手。

国会議員ならば国民が相手。

それがまた一国の首相となったら国全体。

やっぱり町会議員よりも県議員のほうがえらい。

それより国会議員、それより首相、一番えらいといわれる。

ましてアメリカの大統領となったら、世界全体に影響を与える。

 

同じように、誰を相手に立てられたのか。

非常に重要なこと。

それを釈尊阿弥陀経というお経におっしゃっている。

お経の中には必ずそのお経が誰に対して説かれているか、

ということが書かれている。

 

華厳経、あれは菩薩の為に説かれたお経。

あのお経がある程度理解できたのは文殊菩薩普賢菩薩その二菩薩だけだった。

法華経は、声聞、縁覚、菩薩。

これを三乗という。三乗が相手。

ところが阿弥陀経

釈提桓因等の無量の諸天大衆とともなりき。阿弥陀経

釈提因というのは帝釈天

それらの諸天と大衆。

これを含めて五乗という。

そういうことからも弥陀の本願がいかにひろい崇高な願いであるかがわかる。