仏教研究室

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なぜ生きねばならないのか

命を大事に
文芸春秋に、子供たちに、なぜ人を殺してはいけないか、聞かれたら、何て答えますか?
14人くらいの人が書いている。
だけど、人間ていうのは、こういう事をする為に生まれてきた、
だから、命を奪ってはいけない、こう書いているのは、なかなかない。

自分が嫌だから。
こうなると、
自殺、自分を殺す。
そんなに簡単に自殺するのはだめ。
人に迷惑をかけていないからいいじゃん。

自殺する人、三万人。そうすると、あんたね、
そんなに命を粗末にしてはいけない、と言っても。
自殺する人、それなりに頑張って、あまりにも絶望的な事が多いわけ
それをダメだよ、というには。

生きていれば、こういう素晴らしい決勝点があるから、
というのなら、理屈が通っているけれど。

マラソンだったら、走ってて苦しい、こんなにも辛いなら、投げちゃえ。
あのゴールのテープを切ったら、心から満足できる、
これなら頑張れるけれどゴールがなかったら、
なんぼ頑張っても、はりがない、っていうか、
甲斐がないっていうか。
頑張る気持ちになかなかなれないでしょ。

水泳、泳ぐのが気持ちいい、走っている人、気持ちいい、
だけどね、マラソン、ずーっといつまでもやっていなさい、
と言われたら、絶望的じゃない。

僕らの人生ってそれに似てて、受験勉強、あなたのテスト何点だった?
知らないうちに、比べられるでしょ。
偏差値、この大学にはいけるとか。
同じ高校だったあの子はこんな大学、他の人は給料なんぼ、
あなたはなんぼもらっているの?

そういうの、意識したくなくても、テスト、
合格する為には、何点以上、いやおうなしに、比べられちゃうでしょ。
なるべくマイペースで行きたいな
だけど、実際大学に行けるってのは、比べてでしょ。
合格を目標にしていたら比べてやるしかないでしょ。
比べるのはもう嫌だ。大学に入ったらやめる、
だけど、試験、就職戦線、その為には成績どうだった、
面接どうだったか、この人はこの人より優秀だったから、
受験は一つの山、越えたけど、レースはなくなるか、というと、
就職の時は、また山。

社会に出たら、学生の時が一番よかった。
激しい生存競争、銀行とか、エステとか、
女性の間で、エステって大変人気のある商売、そのエステ業界で、
三位だった、エステ・デ・ミロード
すごく羽振りがよかった、
ところが、何の前触れもなしに、母体会社がつぶれた。
わからないものだね。

千代田生命、つぶれたでしょ。
去年から今年にかけて、金融業界がつぶれた、
半年で、最高。
そごう、というのも倒れたね。
勤続何十年、給料でいえば、50万とかもらってた。
再就職。

景気がよくなったといいつつも、全然よくなってないじゃない。
これからの未来はWOWWOW、モーニング娘くらいで。

受験戦線乗り越えて、就職戦線乗り越えて、
それぞれの会社に入ったら、企業戦士として、
そこそこの成果をあげないと、生きてゆけない。
嫌なんだけど。結果的に。

そういうのを総称して、マラソンに似ている。
ここまでいけば、大丈夫、ここまでくれば、ああ、ここまで生きてよかった、
そういう人生の決勝点があるぞ、という言葉が仏教にある。

 

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