仏教研究室

仏教を研究しています。

群賊・悪獣・悪知識

二河白道のたとえに出てくる

群賊、悪獣、悪知識とは、
仏法聞くな聞くなと妨げるもの。


なぜ妨げるのかと言うと、その値がわからないから。
そう簡単に値がわかるものではない、仏法は。

巨人戦とかそういうものなら、人はいっぱい集まる。
だけどあまりにも値があるものはなかなかその値はわからない。


なかなか真の値を知る者はない、猫に小判、豚に真珠。
苦悩の根源を明らかにし、平生にすくうと言う教えはない。
そういうものしかない。

そこに目をつけて、新興宗教は現世利益というけれど
病気治る、出世するとか、「どう生きるか」ばかり。

平生に人生の目的を達成できるというのは仏教の教えにしかない。
そういう値をほとんどの人がわからない、わからないから妨げる。


その中で唯一人尊い方が教えておられることを信じて進む。
そして向こう岸からひっぱられて進んで行く。
じゃあ仏法聞かなかったら、その苦労はなくなるのか?
というと、11時過ぎに乗っているサラリーマン
6時からのっているOLの姿をどうみる?
何のために働いているのかよくわからない
お父さんお母さんの姿をみてどう思うのか。
お父さんお母さんは年中働いて年末年始の3日しか休みがない。
「あと1週間だ、もう少し」
「もう1日だ、がんばろう」といってがんばっている。


彼女はもう3日たったら働き続けなければいけないのに……。
本人もわかっている。じゃあ何のために?
本当に流転輪廻。

ちょっとした幸せのためだけに苦労している。
仏法を求める苦労は決勝点に向かう苦労、卒業に向かっての苦労です。
そういう道だから

ひたすらにニ河を西にむかってすすんでもらいたい。

これが善導大師の教え。

二河白道は人生最高の道です。