仏教研究室

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出世の本懐は天上天下唯我独尊

出世の本懐
天上天下唯我独尊 三界皆苦吾当安此」(釈尊
天上にも地上にも、人間(我)のみの独尊あり
他の動物には、因果の道理を弁えることも、無上仏の本願を聞くこともできぬ。
人間のみ、仏法を聞くことができるから、人命が尊いのである。
「人生(三界)はみな苦なり」
地震、雷、火事、洪水、噴火、境界争い、裁判沙汰、交通事故、嫌な人間関係など
衆苦充満しているから三界の獄ともいい、人生は四苦八苦ともいわれる。
悩み絶えなく終る一生なら哀れというも愚なり、である。
「吾(釈尊)当に此に安んずべし」
その苦しみの中にありながら安らかな楽しい世界がある。
一切の人々は、この無碍の世界に出る為に生れてきたのだ。
万人共通唯一の、出世の本懐を教示なされた釈尊のご金言である。

家庭でお話をしようとすると、飼っている犬や猫が会合に来る。
だけど、他の動物には因果応報をわきまえることはできない。
それができるのは人間だけ。
弥陀の本願も聞くことはできない。
そういう中、人間に生まれることができた。
そして人間のみ仏法を聞くことができるから、人命が尊い
人生は苦、苦しみが充満している。
火宅無常の世界だから、何をしても人生は苦なり。
これではなんのために人間に生を受けているか分からない。
無明の闇が弥陀の本願力によって破れる。
独尊、無明の闇をぶち破る弥陀の本願を聞くこと。
もし法然上人にあわなければ、このたびむなしくすぎなまし。
これを、

噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、

真実の浄信は億劫にも獲がたし。

遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。

若しまたこの廻疑網に覆蔽せられなば更りてまた昿劫を逕歴せん。

ともいわれている。

弥陀の本願に救われて最高の山の頂上に上られた。
そこから千尋の谷底を見られてのお言葉。
危ないところだった。
だから、この一大事解決一つの為の人生。
その弥陀の本願を聞く心構えとしては、

これ一つの人生だから、いい加減ではもったいない。
人間に生まれた目的は弥陀の本願力によって六道を出離する。
そのための人生。
それ一つの為に向かう人生ほど素晴らしい人生。
野球部員は野球する。
野球をしている人こそ、それらしい人。
人間らしい人間、その目的である、仏法を聞いている人ほど、

人間らしい生き方はない。
ところがその人生の目的に向かう人を、それじゃダメでしょという人もいる。
それは人生の目的が分からない。
もちろん手段も大事だが、反対になってはいない。
馬の脚に馬蹄をつける、馬がいなければ馬蹄をつくる意味がない。
今こそ果たすべき大事があるから、それに向かいましょう。

皆さんも早く出離の強縁にあってくださいということ。