仏教研究室

仏教を研究しています。

教学の大切さ

顕正の面で言いますと、
よく自分が理解できて
いますから筋道立てて話ができる。

ところが教学をしていない人は無茶苦茶なとりとめのない話になる。
相手に嫌がられて伝えられない。
こういう違いが出てくる。
またお聖教の理解から言えば。

正しくお聖教の解釈ができる。
しかしないひとは仏語は常識では解釈できないのが結構ある。
世間の常識で間違った解釈をしてしまう。
またはじめての人からの信頼性からすれば
教学力のある人は仏教の教師のように思われて信頼される。

話も聞いてくれる。
ところが、教学力のない人は、間違ったことを言う。
また言うことが思い出せなかったりして信頼されない。
正しく教えて下さる人は信頼されるが、
間違ったことをいったり、仏教の言葉が思い出せない。
そんなことでは信頼性も弱いですね。

そして仏道を求めることにおいて言うならば、
逆境を乗り越えて、求道できるんですよ。
筋金が入っていますから。
逆境を乗り越えて求道ができる。
仏法間違いないと
知らされておりますから。

ところが教学力のない人は筋金が入っていない。
筋金が入っていない。
だから順境の時はいいが逆境となると仏縁が離れる。
また化城に陥りやすい。
いろんな面でこれだけの違いが出てくる。

よくあなた反省して貰いたい。
毎日欠かさず。

仏教に対する理解が深まれば必ず他の人にも伝えたくなるし
仏法に燃え上がる。
燃え上がらないのは他人に伝えるものを持っていないからです。