仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

自分の行いわかってる?

自分の種まきはわかっているというのが
常識になっています。

それは自惚れています。

実は悪業をため込んでいても気がつきません。

親鸞聖人のお言葉で言うと
歎異抄後序に
「されば若干の業をもちける身にてありけるを
 助けんと思召したちける本願のかたじけなさよ」
といわれています。

「若干の」とは、無限の、数え切れない、
は、悪業です。

人間っていうのは、
自分の悪業っていうのは把握してると思ってます。
自惚れています。

人殺ししたわけじゃないし、
泥棒したわけじゃないし、
知ってて犯す罪と知らずに犯す罪があって、
知らずに犯す罪のほうが恐ろしいのです。

こっちのほうが圧倒的に多くあります。

開放性結核の人がたんを吐くとき、
知っててやるのと
知らずにやるのと影響が全然違います。

大人が焼け火箸を大人が握るのと、
赤ん坊が握るのと全然違います。

昔ある人が、一緒に旅行にいった人が
口を利いてくれなくなりました。

それは、寝ているときのいびきがうるさくて眠れなかったからです。
その発生源を突き止めてみると、その人でした。
眠っている人にとっては、全く悪気はありません。

知らずにつくる罪です。

仏様のまなこからご覧になれば、
いつなんどき、どんな目にあっても文句の言えないような
カルマを持っているのです。