仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

法話を聞く目的は?

蓮如上人には、法話を聞く目的違いを
お叱りになられた御文章があります。
それが1帖目12通「年来超勝寺」です。

そもそも、年来超勝寺の門徒において、仏法の次第もってのほか相違せり。

超勝寺は今も福井県にあるお寺です。
ここで仏教を聞いている人が
大変心得違いをしているぞと
蓮如上人が叱っておられます。

そのいわれは、まず座衆とてこれあり。

座衆とは門徒をとり仕切っている人です。

いかにもその座上にありて、さかずきなんどまでもひとよりさきにのみ、
座中のひとにも、またそのほかたれたれにも、いみじくおもわれんずるが、
まことに仏法の肝要たるように、心中にこころえおきたり。

たくさんの人が集まっている中で杯を持ってきて、
人からよく思われることが仏法の大事なことのように思っています。

これさらに往生極楽のためにあらず。
ただ世間の名聞ににたり。

往生極楽とは、後生の一大事の解決のことです。
これは後生の一大事のためではなくて、世間の名聞であると。
名聞とは、名誉欲です。
あの人いい人と思われることが仏法で大事なことと思っています。

仏法を聞く目的は後生の一大事の解決、正しい信心を決定することです。
これ以外にありません。
しかし、それを忘れて人から誉められることが
浄土真宗の法話の目的であるかのように集まってきています。

よーし、俺から飲むぞと言って、飲みっぷりがいいだろうと言っています。
私たちでも、人からよく思われたい。
人気を集めたい。

それが仏教の肝要となると大変なことです。

蓮如上人は、名誉や利益の為に集まってきている
心得違いを叱られています。

仏教の目的は後生の一大事の解決しかないのです。