仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

生きる目的を果たす方法

虚無感に満ちた不安な人生で、
どうすれば『君たちはどう生きるか』程度ではない、
変わらない幸せなれる本当の生きる目的を果たせるのかというと
聴聞の一本道です。

仏教では

仏法は聴聞に極まる、

と教えられています。

仏教を聞いて聞いて聞き抜く、ということです。
極まる、というのはこれ以外ない、という強い言葉です。

聞いて聞いて聞き抜きなさいと仰言っておられますので、
聴聞以上に大事なことはありません。

聞かせていただくときに大事なことを
蓮如上人は、御一代記聞書で教えておられます。

至りて堅きは石なり、至りて軟なるは水なり、水よく石を穿つ。
「心源もし徹しなば、菩提の覚道何事か成ぜざらん」といえる古き詞あり。
いかに不信なりとも、聴聞を心に入れて申さば、
御慈悲にて候間、信を獲べきなり。
只仏法は聴聞に極まることなりと云々。
(御一代記聞書193)

最後「ただ仏法は聴聞に極まることなり」と教えられています。

石というのは堅いものです。
水というのは柔らかいものです。
軒先から雨水が、ポタポタポタポタ20年も落ちていると、
あの柔らかい水が、堅い水に穴をあけるということがあります。

これは、同じ所に落ちるからなるんです。
こっちに落ちたり、あっちに落ちたりしていてはあきません。

同じ所に落ちるから穴があくんです。
仏法は同じ話を聞け、と言われます。
たとえ同じ話でも、心が変わっています。
聞き始めの頃は、違う話を聞きたくなります。

また、1年に1回、というのでも空きませんから、
続けて続けて、間をあけずに聞かせていただくのです。

同じ話を続けて聞きなさい、
蓮如上人は教えて下さっています。
私たちの心は石のような心です。
ところが、その石のような心に続けて続けて落ちて下さいますと、
必ず穴が空くと言うことがあります。

そこまで仏教を聞かせて頂かねばなりません。