仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

聞法の心がけ

後生の一大事とは、死んだらどうなるかの一大事です。
すべての人は必ず死ななければなりません。
死ねばどんなにお金があっても、地位や名誉があっても何の関係もありません。
後生の一大事の問題は、この世のものとは比較になりません。

仏教の目的は、その生涯最大の大問題である
後生の一大事の解決です。

私たちの本当の生きる目的も、後生の一大事を解決して
本当の幸せになることです。

ところが、その生きる目的を簡単に見失う私達ですので、
本当の仏教を教えられる先生から聞かせていただかないと
後生の一大事は解決はできません。

仏教講座は心がけを正して聞かせて頂かなければなりません。
一回一回の仏教講座が勝負という心がけです。

たまに仏教講座に遅れて入ってくる人がいると気になります。

親鸞聖人は最初、追っ手から逃れるために比叡山に入ってきて
ろくに修行もしない落ち武者たちを見下していました。
それと同じように私達も相手のことばかり気になります。

ところが親鸞聖人は、他人のことから
自分の事に目を向けられて後生の一大事の解決に向かわれました。

私が今から地獄に落ちねばならんということわかったなら
人のことよりも、自分はどうだということになります。

親鸞聖人は後生の一大事に焦点が定まっておられたから、
自分はどうだと進んでいかれました。
色々な問題が起きますけれど私の後生の一大事は
私の聞法の原点であるということを心にかけて
聞かせて頂かなければなりません。

目的の大きさに比例して努力精進せねばならぬのが因果応報の鉄則です。
ある結果を私を求めたならばそれに応じた種まきが必要です。
仕事でより大きな結果を出そうと思ったら、
たねまきの質と量をあげなければなりません。

自分の現状はどうでしょうか。

自分はこれだけ忙しいからなかなか仕事はできない、
という風にやっていたら、
結果から自分はどれだけのことをしないといけないか
ということを逆算します。

家を建てようと思ったら、
今これだけあるからこれだけためればいいだろという
のではなくて、これだけの家を建てるなら
どれだけ必要かということを割り出します。

後生の一大事の解決ということを果たすためには
今一体どんな心でなければならないのか、
よく目的を確認しなければ、
自分の身口意の三業に変化があるということもありません。

後生の一大事の解決にはどういう心で進んでいくのか、
親鸞聖人が求められたのか、
自分のこととして聞かせて頂かないと、
後生の一大事の解決ということはありません。

その後生の一大事の解決は聴聞に極まります。

親鸞聖人は形ができていたけれど
心はむちゃくちゃであるということを知らされた、
後生の一大事から私の言動というものを変えていく。
一座一座大切に聞かせていただきましょう。