仏教研究室

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浮き草のように生きる人間のすがた

蓮如上人の白骨の章
人間の浮生なる姿という言葉があります。

私たち人間の姿は浮生だということです。
浮生というのは、浮いた生と書くように、
浮世を浮き草のように生きているということです。
 皆、浮生なる姿です。

生きることを泳ぐことにたとえると、
人生にはいつも波があります。

時には荒波がやってくることもあります。
そういう荒波を乗り越えて、どこに泳いで行くのか。

 

ずっと浮いていることはできません。
泳がなければ沈むだけですから、生まれた時から、
泳ぎ方を工夫しています。
生き方を追求しているということです。
 
そもそも
働かざるものくうべからずといわれるので、
働いて生きて行きます。

そして、なんのために生きるのか分からないので、 
心の支えになるもの、
あて力になるものを求めています。
浮き輪のようなものです。
 
朝早くから働く、金があればと、財 地位 名誉を求めています。
幸福といったらそういうもの、信じて、明かりにしています。
頼りにしたり、心の支えにして生きています。
好きなことをやったりして、
生きがいにしています。
 
中でも何といっても健康が大切です。
食べ物に気をつけたり、温泉に入ったりします。
 
財産もほしくなります。
名誉も欲しくなります。

辛い時に褒められると頑張れます。
これらは泳いで行くための浮き輪のようなものです。
少し泳ぎやすくなります。
どんな泳ぎ方をしても、
最後は力尽きて必ず沈んでいきます。

それなのにどこへ向かって泳いでいるのでしょうか?
 
自分が何のために生きているのか、不安になります。
本当の生きる意味を知らないとこういう不安な人生になります。

 


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