最近は、死んだらどうなるの不安は、学問の場で取り上げられています。
臨終の時に起きてくるこの不安を、スピリチュアルペインといいます。
スピリチュアル・ペインは、医学ではもちろんどうにもなりませんが、医学以外の方法でもどうにもなりません。
人間に解決できていないのが、スピリチュアルペインです。
これはどういうものかというと、死んだらどうなるか分からない、という不安と、生きる意味が分が分からないという2つの不安が中心です。
人間に生まれた目的が分からないということです。
死んだらどうなるか。
信仰が必要なのではと言われていますが、元気な時にそんなことをいう人はいません。
ずっと生きていられると思っているからです。
学問的にも、このスピリチュアル・ペインが、人間の根源的な苦しみだと言い始めています。
ところが、そのことを仏教で2600年前に教えられています。
それが今日、大学の教科書なんかでもいわれるようになっているということです。
ようやく哲学者の人たちも言っている人があります。
死の恐怖について、死は怖いものか。
死んだら無になるという人はいても、
孫が死んだお祖父さんが、インタビューを受けて
「孫は無になりましたから」
という人はいません。
無になるなら、死は怖くなくなりますし、
自殺も賢いことになります。
交通事故でぐしゃと死んだら、痛みを感じる時間もごくわずかで、あっという間に死ねます。
即死がいいということになります。
そんなことはありません。
死の問題を解決しなければならないのです。
それが生きている時に解決できて、変わらない幸せにれると教えられているのが仏教です。