仏教研究室

仏教を研究しています。

正信偈

龍樹菩薩の所。

憶念弥陀仏本願

 自然即時入必定

 唯能常称如来

 応報大悲弘誓恩
弥陀仏の本願を憶念すれば。
憶念というのは、どちらもおもうということだが、

憶は時々おもう、念は明記不忘といって、常におもう。

阿弥陀仏の本願がハッキリ刻み込まれて忘れない。

大好きな彼女がアメリカへ行ってしまう。

「僕は君を思い出すからね」

と言うと、彼女は怒り出す。なぜか。
『思い出すよじゃ思いがうすい思い出さずに忘れずに』
私のことを思い出すなんて言わずに、忘れないでね、と言った。

信心決定する前は、普段忙しくて、仏法のことなんて忘れている。

そしてたまに、仏法大事だな。部会行こう。

部会に行ったときだけ阿弥陀仏のことをおもう。

それではダメ。普段忘れている。それはまだ一つになっていない。

憶念というのは、ハッキリと刻み込まれてもう忘れない。明記不忘という。

そのときに、自然即時入必定
自然というのは、他力。願力自然。
即時は、その時に、一念で。
必定、正定聚のことを必定という。必定にはいる。
阿弥陀仏の本願力によって一念で必定にはいる。

そのうれしさがこみ上げてくるから、

その御恩何とかしてお返ししたい、と
唯能常称如来号応報大悲弘誓恩

必定というのは、必ず仏に生まれられることに定まった。必定の菩薩。
必ず仏になるに定まった人。一念でなれる。
そうすると嬉しくて嬉しくて、

阿弥陀仏に対してお礼を言わずにおれない。
そのお礼の言葉が
唯能く常に如来の号を称する
如来の号とは念仏のこと。
それが「応報大悲弘誓恩」=お礼。

常にお礼の心が絶えない。

常念仏の衆生