よく子供のことを「餓鬼(ガキ)」と言います。
なぜ餓鬼というかと言いますと、
何もかもしてもらって当たり前、してくれなかったら腹を立てる。
仏教では、我利我利亡者で、自分の欲を満たすことしか考えず
欲のまにまに布施の功徳が足りないものを餓鬼と言いますが、
子供は、親が何でもしてくれて当たり前。
食事を作ってくれて当たり前、
お弁当に箸が入ってないと怒る。
「父ちゃん、仕送りが入ってないじゃないか」
こうやって仕送りを入れてくれるのが当たり前。
でも、本当はそうじゃない。
もうちょっと親のことをありがたいと思っていいわけですけど
餓鬼というのは、そういうことが分かりませんので
「あれしてくれて当たり前」というのを餓鬼と言うんですね。
ところが、その餓鬼が親になったらどうでしょうか。
親になったなら、子供というのは、わがままでお小遣いをくれて当たり前。
親だって、お小遣い欲しい、寂しいときもある。
でも、まず子供のために何かせずにいられない、そういうのが親ですから
親になって初めて、親の恩が分かるということがあります。
親の恩と言いますのは、なかなか分かりません。
「母ちゃん、車出して」
「母ちゃん、ギャク寒いよ」
「母ちゃん、つまんない」
と言ってるうちは、母親の苦労は分からない。
ところが親になって、一人の人の仏縁をまもろうとしたならば
どれくらいの苦労がいるのか、やってみないと分かりませんね。
親孝行について、知りたい方はこちらをご覧ください。