仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

因果の道理と阿弥陀如来の本願

阿弥陀如来の19願は、わかりやすく言うと「善をせよ、助ける」ということです。 これは方便ですが、因果の道理は方便ではありません。 善をせよ、というのは方便願です。「善をせよ、できないけどね」ではまずいから、その気にさせるためです。 本当はでき…

ウソも方便?

仏教では、真実と方便は一対です。 方便は真実ではありません。仏教では真実に近づけるものを方便といいます。だから、真実ではありません。 真実に近づけるためにどうしても必要なものを方便といいます。しかし、ウソも方便といわれるように、方便はウソと…

仏教の根幹をふまえた真髄

ブッダの説かれた一切経には、因果の道理を根幹として厳しい修行によってさとりを開く教えがたくさん説かれています。 その中、浄土三部経には、すべての人を無条件で救うとお約束された阿弥陀如来の本願が説かれています。 ブッダの本心は、浄土三部経にあ…

私たちの運命は自業自得

私たちの運命は因果の道理によって決まります。因果の道理は仏教の根幹です。 それはは、因果応報の道理です。 まいた種に応じた結果が現れるんですよ。私達の体とは、食べた物に応じた体になります。 カップ麺ばかり、野菜ばかり、肉ばかり、そればかり食べ…

哲学とは死の準備(ソクラテス)

哲学はどこから始まったのかというと、ソクラテスの言葉に、『哲学は死の準備である』という言葉があります。 アリストテレスには『哲学は驚嘆から始まる』という言葉があります。 死に対する驚嘆です。死というものと真面目に向き合うのが哲学なんですね。 …

カスパロフとディープブルーと生きる目的

アメリカのコンピュータ会社のIBMというところで、ディープブルーという、スーパーコンピュータを作りました。これは沢山のコンピュータを一つにまとめたものすごく素晴らしいコンピュータで、一秒間に、十億回の演算ができるという。十億回の計算ができるの…

ナレッジマネジメントで本当の幸せに

学校で一生懸命勉強します。大学なら色んな専門的な知識を、あるいは情報を、ふんだんに学びます。 世の中ではナレッジマネジメント ということがよく言われます。 こんな言葉も別に使わなくても良いです。 これはどう言うことかというと、知識を管理すると…

酢豚をつくる女子大生とブッダ

以前、料理の番組でこんなことがありました。 道を歩いているOLとか女子大生に、お嬢さん、ちょっと料理造って貰えませんかって声をかけます。 その時は酢豚でした。なんか女子大生見つけてきて、『お嬢さんちょっと酢豚作って貰えませんか』酢豚を作る材料…

顔がない……

以前、経済誌のウェッジという雑誌で、特集なんですけど、新リーダーの研究がありました。こうあります。 21世紀を迎えて、恐るべき事と言えば、日本のリーダー不在。指導者の育成を真剣に考えるとまずエリート教育の復活であろう。 最近その試みとして各…

狂人の主催するオリンピック

もし文学の好きな人なら、たとえば芥川龍之介って知ってますよね? 芥川龍之介の侏儒の言葉の中にこんな言葉があります。 『人生は狂人の主催するオリンピックのようなものだ』 こう芥川は言っているんだけどそれはどうしてかっていうと、みんな一生懸命走れ…

苦しくても仕事をするのは目的があるから

みんな辛い仕事をするのも、学生なら嫌な勉強するのも、それは目的があるからです。 受験勉強なら、誰もやりたくないのに大学にはいるという目的があったからやるわけです。 受験勉強苦しかったけれど、それは大学に入ったら喜べると思ったからですよね。 そ…

仏教の出家と修行の目的

親鸞聖人が9歳で出家されたとき、このような歌を詠まれました。 明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは 親鸞聖人が出家された目的は、名誉の為でもなければ地位の為でもありません。 今死ぬと思うと出てくる不安な心、暗い心を明るくなりたい…

馴れほどこわいものはない

仏教を聞く心構えについて、蓮如上人は、このようにいわれています。 蓮如上人、「おどろかす甲斐こそなけれ村雀、耳なれぬれば鳴子にぞのる」、この歌を御引きありて、おりおり仰せられ候、「ただ人は皆耳馴れ雀なり」と仰せられしと云々。(御一代記聞書175…

仏像の意味とは?

昔、中国の唐代に丹霞という僧侶がいました。 ある冬の寒い朝、本堂の本尊の仏像を持ち出して打ち割りたき火をして尻あぶりをはじめました。 信徒達は、それを見てカンカンに怒って「この罰当たり奴が、なんという勿体ないことをするのか」と言うと、丹霞禅…

南無阿弥陀仏は単なる文字?

南無阿弥陀仏という真実の宝は、阿弥陀如来が私たちに受け取らせるために作られました。 ところが、南無阿弥陀仏は単なる文字じゃないかという人がいます。南無阿弥陀仏は、垂名示形の南無阿弥陀仏です。 名をたれて形を示された阿弥陀如来の御心の顕現です…

永遠に変わらない幸せとは?

絶対の幸福になると、至徳具足の益がえられます。 至徳具足の益というのは、「益」は幸せということです。 「至徳」とは、「至」とは最高無上、至上ということです。「徳」とは功徳です。最高無上の功徳が至徳です。 南無阿弥陀仏のことです。南無阿弥陀仏に…

絶対の幸福とはどんな幸せか

絶対の幸福になると、生きているときに、限りない幸せがえられます。それを10種類にまとめて「現生十種の益」と教えられています。 1つめは「冥衆護持の益」です。冥衆とは菩薩、諸神のことです。護持とはまもるということです。 菩薩、諸神が守って下さ…

ブッダのすべての人を救う手段

厭離穢土 欣求浄土 地球上ではじめて阿弥陀如来の救いにあった韋提希夫人のことが観無量寿経に説かれています。どのようなご方便があったのでしょうか。 ブッダは、韋提希夫人に対して、眉間の白ほうそうから、諸仏方の極楽浄土をおみせになります。 ひとき…

長南瑞生氏の日本仏教アソシエーション株式会社の方向性は?

インターネットで仏教の解説をしている長南瑞生氏という人物がいます。 以前は中村僚というペンネームで、アンダーグラウンドな雰囲気が漂っていましたが、最近は本名の長南瑞生を使って、よりオープンな雰囲気になっているようです。 どちらかというと、長…

孤独は苦しい

「人の世の生死の道に友はなし一人淋しく独去独来」という歌があります。 「生死」は苦しいことです。人の世は、苦しみ悩みの人生です。 友達を求めるのも、恋人を求めるのも、結婚 するのも、分かってもらいたいからです。 自分のすべてを見せて、それでも…

人の為というのは偽善?

権力者は、権力を持った人なので、人間の本性を表します。それは、一言でいうとどんな本性でしょうか。 「自己中心的」です。 やりたいことは、何でもできますので自分勝手になります。 王舎城の悲劇で、ビンバシャラ王と韋提希夫人は、自分たちの世継ぎのた…

浮き草のような人生

御文章5帖目16通「白骨の章」の一番始めに「それ人間の浮生なる相をつらつらかんずるに・・・」とあります。 浮生というのは、この世の中を浮世ともいわれますが、浮いたような人生ということです。 わたしたちの人生というのは川の水面に浮いた浮き草の…

たのむ

仏教に「たのむ」という言葉があります。 この「たのむ」というのは漢字で書くと「憑む」です。 たのむというと普通は「頼む」という字で、「お願いする」という意味で使っています。「たのむから僕に答案をみせてくれ」「好きと言ってくれ」「焼き豚おくれ…

咳をしても一人

「咳をしても一人」この俳句は日本ではかなり有名。 「どうしたの?」と心配をしてくれる誰かがいるのではなく、誰もいないさみしさです。 これは単に「今誰もいない」ということだけではなく「昔はそうじゃなかった」という意味があると思います。 昔は夫が…

来客に対する子供の反応

人間は、小さい頃から、孤独で愛されたいと思います。 たとえば、子供のときにお客さんがやってきます。自分の父親母親が、世間話をするのがうれしかった楽しかったという人いるでしょうか?私は楽しくありませんでした。 家の空間に「エイリアン」が出てく…

仏教を聞き始めた理由

「あなたはなぜ仏法を聞き始めたのか?」 という質問に対して「人並み以上に恵まれているのに虚しいと感じるから」と答えた人が多くありました。 他にも、充実しているのに、生きる目的が分からないからとか、富や財産は虚しいからという人もありました。 ま…

孤独と不安

産経新聞に、どうも心に傷を持っている、暗い、健康が損なわれている、という記事がでていました。 実際多くの人がよく「疲れた」といいます。 生きることに疲れたと言っていいでしょう。つまらないギャグをいい、「お前といると疲れるなー」という会話があ…

なぜ勉強しなければならないのか

以前、文部科学省が「なぜ勉強しなければならないのか」という問いにどう答えればいいか、考えたことがありました。つまり、国が乗り出しすほどの難問です。 勉強が好きで好きでたまらない、快感、という人はあっても一部です。 私も何でこんなに意味のない…