仏教研究室

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浄土真宗ではなぜ瞬時に救われるのか

なぜ阿弥陀如来は一念の瞬間で救うという本願を建立されたか。

 

如来の大悲、短命の根機を本としたまえり。

もし多念をもって本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、

いかでか本願に乗ずべきや。

され真宗の肝要、一念往生をもって淵源とす。(口伝鈔)

 

如来の大悲」とは、阿弥陀如来の大慈悲心。

大きな慈悲の心だね。それが、短命の根機を本としたまえり。

短命の根機」とは、命の短い人だね。

これ誰の事?

これ読んでる人にいる?

みんな長生きしそうでしょ?

 

昔、日航ジャンボ機が墜落した。

8月の13日。丁度お盆だった。
それと坂本九という人がいた。

その人の歌に『上を向いて歩こう』という歌があった。
上を向いて歩こう涙がこぼれないように』

『泣きながら歩く一人ぼっちの夜』

これがアメリカで大ヒット。

タイトルが『すき焼きソング』

どんな訳し方をしたのだろうか。

しかし日本の歌謡曲で唯一、ヒットチャートにランキングした。

その坂本の九ちゃんがこのジャンボ機でなくなった。

当日、緊急速報、日航ジャンボ機行方不明。

乗員524名。

524人がどっかへ飛行の航路をはずれていってしまった。

実はその時垂直尾翼といって、その羽が取れてしまった。

一枚くらい何だと思うけど、あれはすごく大事。

あれが取れてしまったため、ダッチロールといって、

飛行機が酔っぱらいの運転する車みたいにまともに操縦できなかった。

そして航路を外れて、御巣鷹山という山にぶつかって、

520名が亡くなった。

 

それが丁度お盆の日

みんなふるさとに帰ってそうめん食べて高校野球を見ていた頃。

そこにそのニュース。

その後家族がたくさん押し掛けて。

実は夜中じゅう捜索して次の日の朝飛行機が見つかった。

すさまじい状態だった。
多くの方々がなくなった後から、遺留品が見つかった。

遺書があった。

機内で書いた機長のメモ。

自分の奥さんと子供に書いたもの。
「もうだめだ、神様助けて、二度ともう飛行機には乗らない」

と書いてあった。

それまでは神や仏なんてあるものかといっている人でも

そういう状態になると書いてしまう。
助かった四人はみんな女性。

男は全滅。女性は強かった。

男はみんな死んじゃった。

その方の遺書があった。

ダッチロールが始まって激突するまで32分間あった。

その32分間その524人は何を考えただろうか。

おそらく、その遺書のように、もうだめだ、

もうじき俺は死ぬだろうと思ったでしょう。

その時、何が力となったでしょう。

何がその人の人生の光になったでしょう。
俺は社長だ助けてくれ、

俺は銀行に一億円預けているだから助けてくれ、
こう思った人あるかな。

 

クリスチャンは神に祈ったでしょう。

アーメン、ソーメン、ラーメン。

イスラム教徒なら、アラー。

創価学会なら南無妙ほうれんそう。

何がその人の明かりになったでしょう。

社長という地位でもノーベル賞を取ったという名誉でもない。

日本で唯一アメリカのヒットチャートになった、そんなことではない。

最後の心の支えはそんな物じゃない。

アーメンとか、アラーとか、

それで助かるなら、

何回称えればいいのかな。

十回、百回かな?

百回称えて神の国にいけるのなら、一生懸命称えたでしょう。

称えたら助かるというのなら、回数が問題になる。

そうなると時間がかかる。
それをここで多念といわれている。

浄土真宗の場合なら、多くの念仏で助かるという本願ならそれには時間がかかる。

そうでしょ?

あのジャンボ機はまだ32分間あった。

称えられたでしょう。

南無阿弥陀仏、ずっと称えた人は何百回も称えたでしょうね。

でもそれで助かったのだろうか。
もし30数分間も時間がなかったら。

オートバイで走って、交差点でばしっと、即死。

南無阿弥陀仏のなも称えることが出来ない。

そういう人はどうなるだろうか。

助けるのに多念の本願ではだめなんだ。

時間がかかる本願では短命の根機は救われない。

今こうしている間にも交通事故でなくなっている人、

ガンで亡くなっている人がある。

刻々と死んでいっている。


命の短い人。そういう人が阿弥陀仏の大慈悲心のねらいなんだと。

もし多念をもって本願とせば、もしたくさん念仏を称えたら助けるよ、

時間がかかる本願なら、命一刹那につづまる無常迅速の機、

どうして本願の舟に乗ることが出来ますか。

助けるのに10分かかるなら9分で死ぬ人は間にあわない。

5分かけて助けるというのなら、4分で死ぬ人は助からない。

10秒かけて助けるというのなら、9秒で死ぬ人は助からない。
9秒間生きておれるという保証が出来ますか。

誰もいません。

 

短命の根機なんです。

これは私たちのこと。

一秒で助けるというなら、0.9秒で死ぬ人は助からない。

救いに時間はかけられない。短命の根機がねらいだから。

だから浄土真宗の肝要、真実の宗教である肝要は一念往生。

一念で助けるということになるんですよ。

これが真実の信心なんですよ。

これ以外はどんな信心も本物ではないのですよ。

覚如上人が仰有った御言葉です。

こういう、弥陀如来が何故一念で救うという本願を建てられたのか、

口伝鈔に書かれた御言葉。

 

真実の信心は一念に収まる。
これ以外に真実の信心はない。

本物か、そうでないか、一念で水際が立つ。

よく知っておいてもらいたい。