仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

正信偈に何が書かれているのか

正信偈親鸞聖人お書きになられたものです。
親鸞聖人の主著は教行信証ですが、
その教行信証をまとめられたもの、
圧縮したものが、正信偈です。
ですから、親鸞聖人の浄土真宗の教えは、
全部正信偈 の中に収まっているのです。

全部で840字で書かれています。
正信偈 のことをよくお経という人がありますが違います。
お経ブッダのいわれたことが、書かれています。
正信偈親鸞聖人の書かれたもの。
正信偈 は、うたですから、節があります。
お経は棒読みです。

では、なぜ「正信偈 」といわれるのか。
正しい信心ということが「正信」ということ。
信心というと、そんなものないという人がありますが、
信心ということは、
「あてにする」「力にする」「信じている」
ということです。

私たち何も信じずして生きてはいけません。
何かを信じて、すべての人は生きているのです。
どんなものを信じているか。

たとえば健康だとか、お金だとか、財産、地位、名誉、・・とあります。
何かを深く信じたことはありますか。
そして、裏切られたことはありますか。
そのとき、涙を流して泣きましたか。

どれほどショックを受けたか、涙を流し、眠れぬ夜が続いたでしょうか。
裏切られたときのショックで、どれほど信じていたか、分かります。
私たちは何かを信じて生きております。
また何も信じずには生きていけないのです。

ところが、これらのものは、どうでしょうか。
五体満足と喜んでいた健康も、病気になれば、健康に裏切られたということです。
またお金をたよりにしている人は、預けていた銀行が倒産したら、裏切られます。
土地をたくさんもって、財産をたよりにしていた人は、
今土地の価値が下がり、裏切られて苦しんでいます。
名誉や地位をたよりにしていても、
いつ裏切られるか分かりません。

例えば、東条英機
田中角栄など。

これらは、裏切る方も悪いですが、
裏切るものを信じていた私も悪いのではないでしょうか。

必ず崩れるものをたよりにしていれば、必ず裏切られ、
ひどい目にあわなければなりません。


蓮如上人は御文章にこのようにいわれています。
「まことに死せんときは予ねてたのみおきつる妻子も財宝も
わが身にはひとつ相添うことあるべからず、
されば死出の山路の末・三途の大河をばただ一人こそゆきなんずれ」

だから壊れるものを信じていては
必ず裏切られて苦しまねばならないのです。
だから、どこかに裏切らないものはないだろうかと
求めずにはおれなくなるのです。

世界に宗教というものはたくさんありますが、
中でも2大宗教というのは、仏教キリスト教

世界には何万とありますが、
「これは裏切らないものですよ」
といわれるとそちらへいきます。

また別のものが
「これは裏切らないものですよ」
というと、そちらへいきます。

それだけ迷っているということ。
昔から「鰯の頭の信心から」
といわれます。
しかし、正しいものは、2つも3つもあるものではありません。
正=「一に止まる」
たった一つの正しい信心を教えられたのが親鸞聖人です。
それを正信偈 の中に書いておられるのです。