仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

浄土宗の法然上人が大弾圧を受けた理由

法然上人が1175年に浄土宗を開かれて、
約30年後の1207年、当時の仏教界が権力者と結託して、
法然上人への大弾圧が起きました。

それは、浄土宗がものすごい勢いで広まったからです。

私の知り合いで花屋の人がいます。
どこで店ひらいているかといえば場の側です。
だからそこの場はどっかで花買っていかなくても、
場の入り口にいけば花屋さんがあるから
そこで買っていけばいいという
独占企業でした。

ところが何年か前に2倍ほどの大きさのガラス張りの
立派な新しい花屋ができました。

前からの花屋はだいぶ古い、店も小さい花屋です。
近くにきれいな最新式のお店ができました。
どっちで買いますか?

それは新しい、きれいなところがいいですよね。
それでお客さん半分以上とられました。
それでもうちに買いに来てくれる人は
昔からのよくしったお客さんは
あんたの所で買うよと言ってくれますけどね。

だけどそのうちあんたのとこで買うよといわれていたお客さんも
こっそーりと新しい花屋に行って
こっそーりと場にいくようになって行きました。

そうなったらどうなるでしょうか?
お客さん半分になったら収入半分になる。

今まで自分たちのところに来ていた人たちが
法然上人のところいっちゃったら、
それだけで収入半分ですよ。

そこに持ってきて生きた人に本当の幸せになれる道を説かれるこの方々と
死人相手の仏教をやっている者とはこれはもう明らかに勢いが違います。

生きとる人は私は法然上人のおかげで、
私は親鸞聖人のおかげで
人間として生きる意味を知らされましたと
絶対の幸せに向かって頑張りますと
勢いがありますね。

こちらは死んだら極楽、死んだら葬式してもらえばどっかいいとこいけるんだろう。
こういう退廃的な教えですから勢いがありません。
ますます向こうに人が集まります。
それで彼らはあいつらが悪い。
自分たちが正しい仏教を説いとらんのが悪いとは思えないんですね。
あいつらが悪い。

今の花屋のたとえなら二倍ほどの大きな花屋ができたら
昔からの花屋はどう思うでしょうか?
あの花屋が悪い。
あの店ができたせいで客がとられたと思います。
これは正しくないのですよ。

その店ができるのはいつできるかわからんーないのだから。
いつそんなライバル店が出来ても大丈夫なように、
そんな店ができかかったらさらに2倍になる店ができるように運転資金ためとかなければなりません。
そしてその店の開店にあわせにその店の2倍4倍の店になるように
どーんとして素晴らしい花を集めて営業努力をすれば客はとられません。
自分の営業努力をしないの棚にあげて客とられました。
あの店が悪い!
火をつけてやろうか、そんなのだめですよ。
それは犯罪になります。
分かり易くいえばそういうことです。

彼らは努力精進しなければならないのにその努力精進をしないで
こいつらの火につけてやろうとしました。
それが権力者と結託して権力者によって弾圧してもらおう。

これが1207年、承元元年という年に起きたので日本史上では有名な
承元の法難というんですね。

これによって法然上人の吉水は解散となりました。