仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

グルメと幸せの関係。お金や財産よりも大切なものは?

料理といえばグルメ、飽食の時代といわれ、食事に時間やお金使う人多い。
まんが。包丁人味平

生鮮食品の店でも高いのから売れていく。

エンゲル係数
家計簿する時、総支出に占める食費の割合、高いと貧乏、
一般に先進諸国は低い、発展途上国は高いといわれている。

手から口への生活という英語もある。
Live hand to mouth
とにかく食べるここに力がかかる、
これは貧しい人といえるかもしれない。

高度に文明の発達した世の中では食品の係数は少なくて
文化教養教育にお金時間かける。
日本はどういうわけか、飽食の時代で、グルメに関心高い。
多いでしょ。料理番組。話題を読んだ番組に料理の達人っていうのがある。

金曜日。私の記憶が確かなら金曜日の10時くらい。
この料理の鉄人っていう番組は和洋中にそれぞれ鉄人が出てくる。
道場六三郎、鉄人さかい、陳という人が出てきて挑戦者もなかなかの料理人。
そして毎回テーマが決まっている。
そして、「今日のテーマはアンコウ」といってその食材が出てくる。
そして決まった時間キッチンスタジアムで決められた食材使って競うというわけ。
同じ食材で腕を競うということだから、
いかにその食材の味を引き出せるかという腕を競っている。

年の暮れ特別番組やった。
対戦者は小学生。
食材を選ぶのに小学生は、どの料理屋さんに行って食材買ってもいい。
鉄人はコンビニで買えるものでなければ駄目。
年末のコンビにでしょ、野菜売り切れ。
ロースハムとか、缶詰のコンビーフとか、そういうものしか買うことができない、
そうしてぼろぼろの食材と、
フォアグラとかキャビアとか新鮮な食材を使ってもいいという小学生と対決したけど、やっぱり鉄人勝った。

これはどんなに粗末な食材でも料理人の腕がよければ、
いろんなよい食材を持ってる人にも勝てるということで印象的な番組でありました。

翻って、私達の人生に置き換えてみると、
私達も、とにかく、面白そうなもの、とにかくおいしそうなもの、
そういうものに手を出すよね。例えば、
「♪社会人になったら社会人になったら恋人100人作ろうかな」という、
恋人、「♪恋人よそばにいて」という歌もありましたが。

そのためにはお金があったら楽しそう、
インターネットやったら楽しそう。
携帯持って変態になったら楽しそう面白そう楽しそう。
ドライブにいったら楽しそう面白そう。
自分の好きな、モーニング娘のCDを買って鏡の前で踊ったら面白そう楽しそう。
流行のぱらぱら躍ってみんなの前で踊って笑いを取ったらおもしろそう楽しそう。

てな具合にあれがあったら楽しそうとかき集めてくるのはいわば食材を集めて
いるようなもの。
これらはいずれも、食材っていうか、幸せになる材料だよね。
幸せ材。
世の中にはそこそこ海外旅行行ってるのに、金持ってるのに、
恋人もっているにもかかわらず
「毎日があー楽しいとか、本当にうれしいとかあー幸せ」
って言っている人はどっちかいうと少なくて、
「あーうんざり、何か足りない、どうもいまいち、刺激がないっていうか、
そこそこいろいろなもの持ってるのにものたりない」
とか言っている人が多い。

これは食材をもっていても料理の腕前が悪いから
おいしい料理味わえないのと一緒。
世の中の人は、幸せになる材料かき集めるのに一生懸命。
でもちょっと待って。
そのまえに大事なのはこれらの食材を使ってあーおいしいと味わえるような
魂の料理人の腕前を身に付けるこれのほうがはるかに大事じゃないかな。

たとええそんなに食材がなくってもその食材のおいしさを引き出しておいしい
料理が作れるように、魂の料理人になれば
そんなにこういうもの持っていなくても、
持っていれば、もっといいですが、暗かった虚しい人生が思いっきり明るく、
つまらなかった人生が思いっきり楽しく、
そういう人生にがらっと変るんだね。

さっきでいえば、幸せになるにはどうするかという知恵を身につける。
知識を生かして、幸せになる。
知恵をつけて幸せになることが料理人の腕を磨く食材を活かしきる腕を
身につけるということなんだね。

そこで仏教では、こういう食材を生かしきって、
あー幸せといえるような腕を身につけよう、
そうなるための智慧をつけよう。
みんなの持っている知識を生かしきろう、
そういう智慧を身につけようという教えなのです。