親鸞聖人は教行信証に、苦しみ悩みの人生を明るく楽しくわたす大船がある、
心の闇をぶち破る光明輝く慧日があると断言されています。
これに世界中の人が魅力を感じます。
仏教に三長者が教えられています。
長者とは、恵まれた人です。
お金持ちももちろん長者ですし、健康に恵まれた人はお金に恵まれた人よりももっと幸せです。
ところが、一番幸せなのは、心が恵まれている人です。
それは、仏教の教えを聞いて、絶対の幸福に救われた人のことです。
そして、それは生きているときにならなければなりません。
仏教の真髄を明らかにされた親鸞聖人の教えを平生業成といわれます。
平生とは、死んでからではなく、生きている時です。
業は、大事業の業で、人生の大事業です。
成は、完成する、達成する、ということです。
ですから、生きているときに完成のある大事業を教えられたのが親鸞聖人です。
大事業というと、徳川家康の天下統一も、大事業のように聞こえます。
では、完成はあるでしょうか?
江戸幕府でも完成ではありません。
ほころびがあるので、家光、吉宗など、いろいろ制度の改革をしています。
頑張って長年続けましたが、完成せずに、やがて終わってしまいました。
私たちの家でも、完成があると言っても、地震で崩れたりします。
芸能人もそうです。
ビーズは最盛期の当時、大変売れていました。
作詞、作曲、歌を歌っている人は1・5%の収入を得ます。
X-JAPANなら、15億借金あっても、すぐに返せます。
この世の財産などの不自由ない人です。
その代表が、稲葉浩志です。
ツアーが終わってまだまだとなってしまいます。
浜崎あゆみ、出てきた当時のようにはヒットしません。
元TOKIOの山口達也は失業して、3億ローンで買った豪邸を5億で売りに出しています。
大きな仕事をしている人たちは、失敗すると大損します。
学問もスポーツも円満成就はありません。
完成がないのがいいという人がいます。
死ぬまで求道がいい。
死ぬまで努力がいい。
努力するということは満足ない。いつも満たされないということです。
人間が目指すのは安心満足です。
去年の宝くじを買うようなものです。
それに対して、難度海を度する大船には、乗ったという完成があります。