仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

吉崎の嫁おどし

約500年前、浄土真宗の中興・蓮如上人の時代の、
吉崎の嫁おどしの話は、
あなたのお爺さんお婆さんならほとんどの人が知っている話です。


蓮如上人が福井県の吉崎におられた頃、
その蓮如上人の教えを熱心に聞いていた奥さんがいました。
ところが姑が大の仏教嫌い。
奥さんが欠かさず聴聞に行くから、にくらしくなって聞法の邪魔をします。
いじわるで、今日中に米をウスをひいて一升の米を、粉にせよ。
聞法できないように仕事を与えていきます。
しかしこの奥さんは何としても聴聞したいという気持ちがあるので、
しっかりこなして、仏教講座には欠かさず参詣して聴聞しました。

どんなに仕事が忙しくても聴聞だけは欠かしてはなりません。
姑は邪魔してきたんだけど与惣次の妻は聞きたいという気持ちが強かったため、
人の二倍三倍の仕事をこなして、聴聞を欠かしませんでした。

聞法心が強く、やがて絶対の幸福を喜ぶ身になりました。

こういう歌を作ることができました。
あなたもどんなことがあっても聴聞を欠かしてはなりません。
この与惣次の妻を見習わなければなりません。
どんなことをしても参詣するので姑は憎たらしくなって、
嫁の聞法の帰り道に待ち伏せて、般若の面を被って脅そうとした。
その奥さんが夜道一人通るところ、わっと脅した。
わっと出てきて
『こりゃ、よめご!』
と言ったところ、さぞ、びっくりする、と思ったところ、
意外や意外、即興でこういう歌を作った。

はまばはめ食わば食え金剛の
他力の信はよもやはむまじ(与惣次の妻)

与惣次の妻、蓮如上人の教えを熱心に聞いておられた
与惣次という主人の奥さんが作られた歌、ということです。

食うなら食うてみよ、噛むなら噛んでみよ。
阿弥陀仏から給わった信心はよもや食うことはできない、
壊すことはできないのだ。

金剛の信心は火に焼けることも水に流されることもありません。
どんな疑謗破滅があっても壊されることはありません。
たとえ私の肉体は食べることができても、
阿弥陀仏より給わった金剛の信心は、絶対に壊すことはできません。
即興でこの歌を作って姑はびっくりして倒れたのですが、
面を取ろうとするが、今度は取れなくなりました。
そこで姑は
『助けてくれ』と言いました。

よく声を聞いてみるとお母さんでした。
ところが姑が被っている般若の面はいくら取ろうとしても取れなかった。
そこで嫁さんは姑と一緒に蓮如上人のもとへお伺いしました。
そしてこの姑は謝りました。
今まで嫁を憎たらしく思い、聞法の邪魔をしていたけど、
蓮如上人のご説法を聞かせていただいて、恐ろしいことをしていたと懺悔しました。
聞法の邪魔をすると言うことは非常に恐ろしい謗法罪です。
こう懺悔したときに、般若の面がぽろっと堕ちました。
それが今日、よめおどしの面、肉付きの面といわれて残っている。
何故か東西本願寺に二つあるそうです。
こっちがホンモノと喧嘩しているんですね。
これはどういうことでしょうか。
般若の面。
謗法罪という恐ろしい罪を般若であらわしています。
取れませんでした。
ところが蓮如上人のご説法を聞いて謗法罪の恐ろしさを知らされて、
恐ろしい謗法罪を懺悔しました。
そのときぽろりと般若の面がとれました。
これは過去の大罪を懺悔したことを表しています。
この他力金剛の信心はどんな事態になっても壊れません。
仏凡一体になった幸せは絶対に壊れません。
他力信心のすごさを表そうとしています。