仏教を聞くのが難しい8つの難所があります。
その中には、「聾盲瘖瘂の難」というのがあります。
「聾」とは耳が聞こえないこと、
「盲」とは目が見えないこと、
「瘖瘂」とは口がきけないことです。
それらの障害のために仏教を聞けない、というのが「聾盲瘖瘂の難」です。
これは8つのうち7番目です。
ちなみに8番目は、「仏前仏後の難」といいます。
仏様であるブッダが生まれる前に仏教を聞くことはできませんし、
ブッダが亡くなった後に仏教を聞くことはできない、
ということです。
お釈迦さまが仏教を説かれた後なら、
正しく仏教を伝える僧侶がいれば、
その人を先生として仏教を聞くことができます。
しかし、その時代、正しい仏教の先生と違う国に生まれたら、
本当の仏教を聞くことはほとんど不可能です。
仏教は、ブッダがインドで説かれてから、
中国、日本と、時代によって伝えられている場所が変わってきました。
現在はインドでは仏教はほとんどありません。
中国も共産主義で、ほとんどありません。
とはいえ、日本も葬式法事 仏教となって、ほとんど聞けません。
本当の仏教を聞くには、様々な条件が揃わないといけません。
人気作家の五木寛之氏でも、親鸞聖人に生きる意味の答えがあるのでは、というところまで行っているのですが、生きる意味の答えは知りません。
そういうのも、ある意味「仏前仏後の難」とも言えます。