仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

因果応報

現在の大切さ

ブッダは私たちの運命について、このように教えられています。 過去の因を知らんと欲すれば現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ。(因果経) 過去と現在と未来の3つを三世といいます。 因果の道理は当然三世を貫きます。因果の道理間…

職場で部下がミスをしたときの対応

部下がミスをしたとき、どうしてあなたは何々しなかったの、と理由を聞かないようにします。なぜ?これを私たちは聞きたくなります。 明確な答えがあっても、言いにくい時は言えないものです。それでもちゃんと上司に報告できる人は、立派な人、理解の深い人…

理解して差し上げるのも布施

布施について具体的にどうすればいいか研究してみましょう。 布施とは、与えるということです。 与えるといってもお金や物だけではありません。相手の話を聞いて、理解してさしあげることも、布施です。 まず、なるほどとうなずきます。心で「何を同じ事10…

死後は無になる?不変の魂が続く?

仏教は後生を否定する「断見外道」でも、後生変わらぬ魂が存在するという「常見外道」でもありません。 因果応報なるが故に来世なきに非ず、無我なるが故に常有に非ず。(阿含経) こう教えておられますが、仏教は後生を否定する断見外道でもない。仏教は後生…

共業と不共業

カルマとは業のことですが、一言言っておきますと私たちの行いは共業と不共業に分けられます。結婚する人は共業がないと結婚できません。 それに対して不共業があります。こういう分類もありますね。よくウマが合うとかいいますね。あの人とは合わない。 合…

自業自得は人生の目的を果たす根幹

私達愚痴一杯だから努力していかなければなりません。常に聴聞しないと教えを常に聞かせていただかないとどうなるでしょうか。 私達は善果が来てもそれくらいの善果が来て当然だ、当たり前だと思います。当たり前の付け所を間違います。 これくらい来て、い…

四聖諦の意味

仏教が明らかにした4つの真理を四聖諦といいます。この4つです。 苦諦──果 集諦──因 滅諦──果 道諦──因 四聖諦とは、分かりやすくいうと、仏教が説き明かした苦しみの原因と結果です。 苦しみの原因を集諦と言う。この集諦によって人生が苦しみに染まる。…

キリスト教の運命と仏教の報いの違い

大切な運命ということについてキリスト教では、この世界も、私達人間も、神が創ったと言い、私達の運命も神によって決められたと言われています。 だから、よい運命なら神様ありがとう、ゴッドブレスユー・神の祝福です。悪い運命ならオーマイガッ!神に祈れ…

仏のさとりを開く難しさ

さとりといってもピンからキリまであります。軍人といっても二等兵から大将元帥とあるように。相撲の世界でもそうです。ふんどしかつぎから横綱まで。 相撲ならば割と分かりやすいのは、相撲は上がれば上がるほど段々登るのが大変なんです。最後は大関から横…

自分をどれだけ反省できるか

因果応報とか自業自得がわからないと、自分も不幸ですし相手も不幸です。 禅宗の僧侶の盤珪が、暴れ馬に乗っている武士にアドバイスして、武士が自分を変えて馬を乗りこなせるようになったというエピソードもあります。 仏教が初めての人が仏教講座に来ると…

原因と結果の法則と引き寄せの法則

自業自得ということがわからない事が多いんですよね。現代の言葉でいえば引き寄せの法則なんですが。『原因と結果の法則』という本もベストセラーでした。 自分に受ける結果が善かった場合、自分の巻いた種だとガッツポーズができます。よい成績をとった。こ…

二大宗教であるキリスト教と仏教の根本的な違い

世に言う、宗教と言われるものも、その宗教によって、私たちが幸せなよい運命を受けるために教えられているものです。世界には二大宗教というものがあって、これがキリスト教と仏教です。 ところがこのキリスト教と仏教はその根本的なところで全く違った宗教…

恥じる気持ち

人にみえるところだけ取り繕っていても、人のみていないところで、心でどんなことを思っているか、心をみつめていかねばなりません。 罪を罪と知り、悪を悪と知って、これを恥じる人は、上の人間。罪を罪と知らぬ人は、中の人。罪と知り悪と知って、これを改…

運命の因果関係

仏教で明らかにしている因果関係というのは、運命の因果関係です。 幸せな運命の因果関係が知りたい。これが私たちの根本の問題です。 運命というのは、仏教の言葉でありませんがよく知られているので、仮に使います。 運命というのはわからないといわれるが…

具体的な親孝行は?

仏教の教えをよく理解することはもちろん大事です。 しかし仏教には、親孝行が教えられています。 仏教の教えを学ぶために、親や家族のことを考えないというのではよくありません。人前と家庭での姿が全然違うというのもよくありません。 家の外では自業自得…

人間的に大きな人

ブッダが教えてくださっていることを実践していくのが大事です。 ちょっとしたこころがけ一つで、全然結果が変わってきます。 我利我利亡者の人は、笑顔がありません。会話がありません。そのため人間関係がギクシャクします。 ぎーぎー音がなって、トラブル…

相手の立場に立つ

気が利かないという人は、己れだけを主張する人です。 自分の思い通りにならないと文句をいいます。してもらって当たり前と思っています。だからしてもらえないと腹がたちます。 とにかく我が先です。そういう心が非常に強いのが餓鬼です。 それにたいして大…

すべての善が布施におさまる

仏教ではたくさんの善がおしえられています。これを諸善万行といいます。 教えられている善はひとつや二つではありません。あまりにたくさんと言われると、わたしたちどれを選んでいいのか分かりません。 堺筋本町船場センタービル、一号館から十号館、卸売…

運命の決まり方

テーマは、生きる目的は何かということです。それは幸せになるためです。不幸になるために生まれてきたんじゃありません。幸せになるにはどうしたらいいのか、運命は何によって決まるのかという事です。 自分の未来がついてるかついてないか、どんな運命が待…

キリスト教と仏教の違い

よく「ちぇっ」「ったく」「もー」という人がいます。 うまくいかない、ついてない時に思わずもらすため息です。 反対に「ラッキー」「ついている」「運がいい」とか、口にする人もあります。 これから先どんな運命が待ち受けているのか、誰しも大変強い関心…

因果の道理と阿弥陀如来の本願

阿弥陀如来の19願は、わかりやすく言うと「善をせよ、助ける」ということです。 これは方便ですが、因果の道理は方便ではありません。 善をせよ、というのは方便願です。「善をせよ、できないけどね」ではまずいから、その気にさせるためです。 本当はでき…

ウソも方便?

仏教では、真実と方便は一対です。 方便は真実ではありません。仏教では真実に近づけるものを方便といいます。だから、真実ではありません。 真実に近づけるためにどうしても必要なものを方便といいます。しかし、ウソも方便といわれるように、方便はウソと…

私たちの運命は自業自得

私たちの運命は因果の道理によって決まります。因果の道理は仏教の根幹です。 それはは、因果応報の道理です。 まいた種に応じた結果が現れるんですよ。私達の体とは、食べた物に応じた体になります。 カップ麺ばかり、野菜ばかり、肉ばかり、そればかり食べ…

努力と忍耐を有意義にする方法

変わるという時に、「進歩」「向上」といいますが、どこででも進歩向上すればいいというものではありません。 正しい目的があってそこへ向かって進むから進歩といえます。正しい目的に向かって上に向かっていくから向上といわれます。仏教では「正精進」とい…

僧侶のなすべきこと

以前はボス、とまで言われた僧侶が最近は地におちてしまいました。生活できないので、どうしようか、駐車場とか幼稚園を経営したりしています。 しかしお寺が世間的なビジネスで運営していってもね。葬式や法事、戒名で運営するのでさえも本来の仏教ではあり…

15才の女の子の親への思い

ティーンズメールという十代の方の悩みに応えています。最近のテーマは親子関係。 度が過ぎた親の心配を『ウザイ』と思う。そのせいで私は家でネコをかぶり『いい子』を演じている。でも限界が来た。ストレスがたまってきた。ある日、学校から帰りが遅くなっ…

仏法の話をするとき

仏教で教えられる布施といっても、財施と法施の2つがあります。 財施とは、財を施すこと。法施とは、法を施すこと、つまり仏法を伝えることです。 財施もすばらしい善ですが、法施はもっとすばらしい善です。 仏法をお伝えするときに、相手によって楽な人と…

板挟みにあったお釈迦さまの答え

あるときお釈迦さまのもとに、鳩が逃げ込んできた。 「鷲に追いかけられています。見つかったら食べられてしまうので隠れさせてください」 慈悲深いお釈迦さまはかくまってやった。 次に鷲が飛んできた。 「お釈迦さまここに今はとが来ませんでしたか。ここ…

人生の目的と善の関係

諸善万行ことごとく 至心発願せるゆえに 往生浄土の方便の 善とならぬはなかりけり (浄土和讃) 「至心発願せるゆえに」とはどういうことか。 これは、阿弥陀仏の十九願に出ているお言葉 設い我仏を得んに、十方の衆生、菩提心を発し、諸の功徳を修し、至心…

因果応報のしくみ

仏教の目的は抜苦与楽。 人生苦なり。人生の実相が楽しいものなら何も教えを求める必要はない、けれど苦しいものだから、何かを求めて対処しなければならない。 お釈迦さまの第一声がこれであった。ではなぜそうなるのか。まず人生の現実、実相を教えられ、…