仏教では肉体よりも心を大事にする
「ネクタイ曲ってますよ」といわれれば、「有り難うございます」といって治せる。
ところが「根性曲ってますよ」のといわれても、素直に「有り難うございます」と治すことはできない。
それだけ心を大事に思っているから。
自分の大事に思っていることを悪くいわれると腹が立つ。
「器量より気立て」といわれる。
計画的な犯罪と過失とどちらが罪を問われるか
計画的→殺したいという心の行いがあって、体で殺す
過失→殺そうと思わずに殺してしまう
それだけ法律でも心はどうかを問題にしている。
仏教でなぜ心を最も重く見られるかというと、心で思ったことが口や体にあらわれるから。
火の元と火の粉だったら、火事を消すには火の元に水をかけないといけない。