仏教研究室

お釈迦さまってすごいですよね。一緒に仏教を学びませんか?

罪悪

正も邪も勝手に決める我が都合

正邪というのは、自分の都合によって変わります。「正も邪も勝手に決める我が都合」という言葉があります。 正しい人いい人は都合のいい人。悪い人というのは、自分の都合の悪い人です。自分を認めてくれる人はいい人、邪魔する人は悪い人です。 親鸞聖人が…

愚痴の煩悩

煩悩の一つに愚痴という心があります。 怒りがぶつけられない相手にたいしては、愚痴の心が出てきます。 愚痴とは、人を怨んだり、妬んだり、そねんだり、嫉妬したり、憎んだりする心です。 人が幸せそうになっていると喜べない心です。自分より、若い男がベ…

一生造悪とは

あるとき禅宗の僧侶の仙崖が谷底で寒さに苦しんでいた乞食に一枚のはおるものを与えたことがありました。 ところが、その乞食はそれをとるなり、すぐ身に纏ってしまいました。何もいいません。 そして仙崖はその乞食が何もいわないので、「おーい、あたたか…

怒るとどうなる?

仏教で瞋恚(しんに)とは怒りの心です。以前、新聞に、馬鹿なカバの話が掲載されました。 カバが子供を宿したとき、飼育係の人が、子供を産みやすいように場所を移したら、カバが怒ってしまった。 そして、死産になってしまった。怒りの心が子供を殺してし…

一日何回心変わりする?

ブッダはすべての人のすがたをこのように教えられています。 心常念悪………心は常に悪を念い口常言悪………口は常に悪を言い身常行悪………身は常に悪を行い曽無一善………かつて一善もなし 心と口と体、常に悪の造り通し、ということです。 心が口や身体を動かしますか…

禅宗の僧侶、女を抱く

仏教では心を重くみられます。 口や身の行いをどれだけよくしようとしても、心が元ですから、元である心が最も重要なのです。 仏教では心の種まきを最も重視することを言われた一つのエピソードがあります。 明治時代の禅宗の僧侶に原担山という人がありまし…

自分の行いわかってる?

自分の種まきはわかっているというのが常識になっています。 それは自惚れています。 実は悪業をため込んでいても気がつきません。 親鸞聖人のお言葉で言うと歎異抄後序に「されば若干の業をもちける身にてありけるを 助けんと思召したちける本願のかたじけ…

私たちの本当の姿

この世は無常の世界です。 諸行無常ですから、私たちも無常です。明日どうなるか分かりません。 一日も片時も急がなければならないのは魂の解決です。寝ても覚めても忘れてはなりません。 私たちの本当の姿は、邪見・憍慢といわれます。 正信偈では、私たち…

人の為というのは偽善?

権力者は、権力を持った人なので、人間の本性を表します。それは、一言でいうとどんな本性でしょうか。 「自己中心的」です。 やりたいことは、何でもできますので自分勝手になります。 王舎城の悲劇で、ビンバシャラ王と韋提希夫人は、自分たちの世継ぎのた…

欲望が邪魔されると怒る

欲望が邪魔された時に起きてくるのが怒りの心です。怒りは無謀に始まり後悔に終わるといわれます。殺人事件なんかの多くは怒りから始まります。 会社で失敗してやけ酒飲んでるときにホステスなんかがバカにすると「お前なんかに言われたくない」とそばにアイ…

黒い心とくらい心

黒い心と暗い心というのは、親鸞聖人が書いておられる言葉ではありません。 昔から浄土真宗の人の間でいわれている言葉です。黒い心と暗い心と、もう一つ白い心といわれます。 白い心は明るい心ともいいますが、黒い心、暗い心で言うときは白い心です。 黒い…

なぜ仏教を聞きがたいのか

なぜ仏教を聞きがたいのかというと、正しい仏教を説かれる方がほとんどないからということに加えて、私たちに真実を聞く耳がないからです。 そのため、仏教の教えと接点がないのです。凡夫のまことはまことがないのが凡夫のまこと仏のまことはまことがあるの…

自殺と地獄の関係

源信僧都の横川法語っていうのがあります。 三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり。身は賤しくとも畜生に劣らんや、家は貧しくとも餓鬼に勝るべし、心に思うことかなわずとも地獄の苦に比ぶべからず。このゆえに人間に生れたることを喜ぶべし…

なぜ人を殺してはいけないの?殺生

『なぜ人を殺してはいけないのか』という問いが話題になっています。きっかけは、数年前、あるテレビ番組で、一人の若者がこの問いを発し、出席していた識者がそれに答えられなかったことにあります。 17才の犯罪が非常に注目されていますが、3年前なら彼…

信心から出てくるもの

あれば鳴るなければ鳴らぬ鈴の玉胸に六字のあればこそ鳴る この鈴の玉、これを信心に喩えています。鐘が鳴る。これ念仏のこと。玉が有ればなります。なければなりません。六字という鈴の玉が有れば念仏が出てくる。そういうことなんですね。鈴でも、中に玉が…

救われても極楽に往きたくない

極楽はありとは聞けど片便り冷飯くうても娑婆におりたい これはどう言うことか。今信心決定していない人は、いくら極楽浄土があると聞かされても信じられない。信心決定する前は極楽浄土がいくらありと聞かされていてもハッキリ分からない。救われたものから…

心の底の奥の院の本尊は、仏像ではなく鬼

みな人の心の底の奥の院探してみれば本尊は鬼 私たちは迷いが深い。その迷いを破って真実を明らかにして下さる歌。 これを理解し覚えることであなたの心を顕正できる。顕正とは正しいことを明らかにする。 これは私たちの真実の自己はどんなものかについて教…

悪を悪とも思わないというのは、心の麻痺?

信仰がすすむと、悪を悪とも思わない心が知らされてくるということは、罪悪に関する感覚が麻痺するのでしょうか? これは鈍感、鈍くなると言うことではありません。悪を悪とも思わない自分だなということが知らされてくる。仏法を聞くまえとくらべてこれが悪…

外に賢善精進の相を現じて内に虚仮をいだくことをえざれ

善導大師の 「不得外現賢善精進之相」の従来の読み方を親鸞聖人が読み替えられたことについて。 「不得外現賢善精進之相」 これは元々善導大師のお言葉です。同じ文章を親鸞聖人が読み替えられました。ただ読み替えられただけではなく、意味まで逆転された。…

真言宗の刈萱童心(かるかやどうしん)

後生の一大事に取り組んだ聖道門自力の仏教のなかでも、後生の一大事の解決に大変苦労した人がいます。真言宗で、刈萱童心という人がいます。もとの名前を加藤左衛門繁氏。部下を集めて、花見をしようじゃないか。昔もそういう宴会があった。乾杯しようか、…

餓鬼界

餓鬼界。これは体中が骨と皮でガリガリにやせほそって、食糧難でいる、今もアフリカとかにもある。そういうような人達は満足な教育も受けられず、声を発することもできない。 餓鬼界の衆生は、飲むもの食べるものを口に運ぶと青白い炎となって食べることがで…

お釈迦さまのご方便

王舎城の悲劇で、韋提希夫人が、牢屋に入れられたとき、 お釈迦さまが来られます。 韋提希夫人はこう言います。 唯願わくは仏日、我に清浄の業処を観ることを教えたまえ (観無量寿経) そこでその後お釈迦様がどうされるかというと、 眉間の白毫相から光を放…

親への悪口

王舎城の悲劇で、子供がいないことを悩んでいた韋提希夫人が、 占いの結果によって修行者を殺し、阿闍世が生まれるのですが、非常に凶暴な子供だったといわれます。 自分の子供がそんな状態になって行くわけですから、まさに悲劇です。 王が諫めても、「俺に…

仏教の修行の難しさ

一段一段聖道門の教えを聞いていった人に苅宣道心という人がいる。 真言宗を学んでいた人。 初めは九州の探題にいて6カ所ぐらい治めていた人。もとの名前を加藤左右衛門繁氏という。 ある春に箱崎の花見に行ったところ、 お酒を飲んでいると花びらが散ってき…

阿弥陀如来に救い摂られても、煩悩はなくならない

能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃 (親鸞聖人『正信偈』) 信心決定した後も、煩悩は無くならないと言われている。「能」とは他力のことです。 阿弥陀仏のお力のことです。 能が全部他力を表すわけではないですが、ここではそうです。 阿弥陀仏のお力によって…

仏教の五逆罪の恐ろしさ

仏教に教えられる五逆罪は、五つの恐ろしい罪。十悪よりも重い。 この五逆罪というのは、無間業と言われる。 一つ造るだけで無間地獄に堕ちる業。 無間地獄とは大変苦しい世界。 そういう世界に堕ちる業。 中でも一番目、二番目。親を殺す。 これは大変恐ろ…

怒りで仏教が聞けない人

「私は、先輩から、友達から、厳しいことを言われると、怒りが噴き出し、 仏教が真剣に聞けません。自分が悪いのに、悪いと思えません。 どうすればいいでしょうか」という人があります。 怒りは地獄に堕ちる業因、欲は餓鬼道、愚痴は畜生に堕ちる種まきです…

煩悩具足

難思の弘誓は難度海を度する大船 (親鸞聖人『教行信証』) 「難度海」が分からないと、 「難度海を度する大船」も分からない。 難度海とは、苦しみの波が次々とやってくる人生のこと。 なぜ難度海になってしまうか。 煩悩具足の凡夫が火宅無常の世界に住ん…